moon story

 
 

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It Is You That I Really Want
Mystic Sweetheart
Look For The Woman
Mitchell
 
Secret Missing

 雨が降り続いている。

 心を凍らせるような冷たい雨の中、ボクは横浜にいた。

 元町の裏手の川沿いのバーの店内で流れ始めたのは、カレンの唄う「マスカレード」

 そのまま胸が熱くなるのを自覚すると、ボクはトリップするのかも知れないと思い始めた。

 ボクには既に新しい恋人がいた。

 しかし、キミの懐かしい声に再会を決め、東京・お茶の水のレストランで待ち合わせをすることにした。

 それは確かに密会を意味するものだったけれど、ゴメン・・・。

 ボクはキミに何も告げずに故郷を離れて来たのだったね。

 逃げてきたような、それでいて忘れられないような・・・

 ボクがさらりと愛を囁くと、それを逸らかすような反応をする。

 冷たい素振りで離れていこうと見せるのを得意とする女。

 でも、次の瞬間にはもうボクの腕の中にいたりする。

 実は、そんなイリュージョンがボクは好きだった。

 「こんな哀しいゲームを続けて、ふたりは本当に幸せなんだろうか」

 Are We Really Happy With This Lonely Game We Play

 何を求めていたわけでもない。

 ボクは自分で嵌る罠を、本当はよく知っていたのだ。

 待ち合わせの三十分も前から、真っ白なテーブル・クロスを目の前に落ち着かない様子の自分がいた。

 「キミは本当に来るのだろうか」

 背中まで伸びた髪に、擦り切れたジーンズ、お決まりの白いブーツに、レイバンのサングラス。

 それは確かに容姿だけではなく、幼稚さの全てが満ち溢れていた。

 「東京に行くのよ。逢わない?」

 そんな電話を貰ったのが一週間前・・・

 そう言えばキミは本来こっちの人だったね。

 ボクはきっとキミに憧れていたんだと思う。

 「ボクらは恋人って関係でもないよね」

 「そうね、在り来たりではなくて、アイデンティティの問題よ」

 難しい単語を使うキミにもまた嫉妬した。

 「アイデンティティ・・・」

 「あなたはずっと私の心の中で生きている。たとえ、永遠の別れが来ようとも」

 「そう・・・別れ?まあ、そうなのかも・・・」

 ボクは解ったような顔をして頷いた。

 当時、キミにイイヒトが居たのかを知る由はないが、少なくともボクはまだ、別れを言葉にはしていなかった。

 日曜日の午後、雨。

 キミとボクの代名詞。

 都会の大きさは人の多さを目の当たりにさせて、窓から改札口が見渡せるテーブルで、ボクはまた腕時計に目をやった。

 約束の時間から少し遅れてキミは到着する。

 シルクのブラウスが眩しかった。

 ボクは少し強張った笑顔を見せたかも知れない。

 どんな食事をしたのか、全くと言っていいほどに憶えていない。

 最後にコーヒーを飲み、何を思い立ったか、その後にドライブへ出掛けることになった。

 「運転してみたい」

 ボクは車越しに無言でキミにキーを投げた。

 「何処へ行こうか?」

 優柔不断で行き先を決められないのもボクの性格だから、いつもの返事。

 「何処へでも・・・」 

 雨の東京、代官町から首都高速を廻っていた。

 何の屈託もなくボクらは雨に煙る道路を走って行く。

 YOKOHAMA

 キミはきっと横浜へ向かっているのだ、とボクは察した。

 横羽線のまっすぐな道をアクセルを強く踏み加速する。

 そのままスリップして横壁に衝突してしまうのではないかというほどの運転だった。

 フロントガラスを打つ強い雨がワイパーに飛ばされていく。

 そして、ボクはキミの横顔を直視出来ずにいる。

 キミの目は涙で濡れているのではないか、そんな気がしていたから・・・。

 それでも平静を装い、ボクは眠くなった振りをして目を閉じた。

 <モウ、コイノゲームハツカレタンダ、キミガコノママボクヲツレテユクノナラ、ソレデモカマワナイヨ>

 存在感は死を迎えても持続するであろうか?

 ボクらは何のために愛し合うということをしなかったのだろうか?

 <アイシテイルワ、サイショカラズット・・・・>

 そんな声が聞こえた気がした。

 静かになって眠ったボクに気づいたのか、キミはスピードを緩めた。

 ボクの鼻孔に憶えのある微かなコロンの香りが漂った。

 キミはその指でボクの髪にそっと触れた。

 カレンの声はふたりの走る車の中で切なく響き渡った。

It is you that I really want

 真夜中には魔物がいる?

 時々、誰かが呼ぶ声がする。

 うまく誤魔化して息をしていないと連れ去られそうな気にもなる。

 いくつかの薬が目の前に用意される。

 私は幼い頃の自分に逢いに行こうとしているのだと思う。

 そう、あれからずっと時間は止まったままだったのかも知れない。

 あの人がくれたものは、確かに愛だった。

 でも箱を開けてみると、そこにあったのは真鍮の鍵がひとつだけ。

 あなたは愛をくれるとはっきり言ったのに・・・。

 あなたは愛が尊いものだと教えてくれたのに・・・。

 私は意味のわからないその鍵をその場で放り投げていた。

 そして、誰かが私を可哀想だと慰めた。

 辛い涙を憐れんでいた。

 私は助けて欲しいと頼んだわけではなかったけれど、

 疲れていたのかもしれない、

 そんなことを思いながら、助けられた舟に乗ってしまっていた。

 それは私の知らない国の舟だった。

 でも正直なところ、恩義はあった。

 その舟のキャプテンは、私をとても可愛がってくれた。

 私が経験したことのないたくさんの学ぶべき時間が存在していて、それはそれで夢中になって働いた。

 でも私の欲しいのは、そんなものじゃなかった。

 もしかしたら、死んだあの人の影の仕えが、いつか私を迎えに来てくれるのではないかと、そんな夢みたいなことを本気で祈っていた。

 あの人がくれた鍵は何処へいってしまったのか・・・。

 本当はそんなに大事なものだったと理解していなかった。

 私は、愛するということ、そんなことをいつのまに覚えてきたのだろう?

 そして、何に気を取られてこんな風変わりな人間になってしまったのだろう?

 ごめんなさい------

 ちゃんとわかっていたはずなのに、記憶を失っていたような振りをしていたの。

 鍵を忘れてきたという言い訳にして・・・。

 私は相変わらず月に照らされて蒼い海の上に浮かんでいる。

 風が吹けば波となり、それは浮かんだ自分も揺れていることが判る。

 凪いでいれば、目を閉じていつか来る次の嵐に脅える夢を見る。

 あなたが待っている。

 あなたは待ち続けている。

 鍵はそんな深い海の底にあったのだと教えてくれてありがとう。

 それでも私はあなたの棲む鍵のある場所までたどり着けそうにない。

 そこは深くて、思ったよりずっと深くて、息が続きそうにない。 

 ここから身を投げて、そして溺れてしまえば良いの?

 意識を失ってしまっても、あなたのことが見えるの?

 無意識に手を伸ばすと、子供のように震える私を導いてくれるの?

 わかった・・・。

 じゃあ、ずっと微笑んでいてください。

 こんなに愛しているから、もう、こんなに愛してしまったのだから・・・。

 そうか、それは知っていたのよね?

 問題はひとつだけ・・・。

 死に方がわからない・・・。

Love Language

 緩やかな坂を下りて来ると一段と雪が強くなった。

 車内は暖房が効いているはずなのにボクの唇は震えている。

 もうすぐあなたが雪の中に消えていくのだと思うと物悲しい焦りのようなものが胸を突く。

 出逢ってから三年になる。

 毎日が非現実的に流れていくように、ボクはあなたを想うと常に胸が熱くなる。

 でも、そんな毎日を愛していた。

 いつだって逸る心を抑え、鎮め、そして堪えてきたのに、ボクらはいつのまにか違う方向を見つめていた。

 最初に触れあった肌も、そっと手を伸ばしてくちづけた唇も、すべてに親愛なる愛をこめて、そして、あまりに幸せすぎて更新の確認を忘れていたほどだ。

 十二月最後の朝、パノラマのような大きな窓に、昨夜、あなたとボクが交わった吐息があった。

 至福の時間によって曇っていった湿度が、ミルクティのような色をして付着している。

 退屈なほどにどんよりとした光に向かって、そっと窓辺に歩み寄り、小さな水滴を擦ってみた。

 熟した雪に埋もれたウォーター・フロント・・・。

 深々と、そして心身と孤独な心にも降り続いていく。

 それは映画の巨大なスクリーンのようにも思えてくる。

 Love Language------

 そのベッドの向こうで足を組み、椅子に座る「女」のあなたがいる。

 「何を真剣に愛するというのかしら?」

 「あなたは間違っているわ。修正しなさい」

 「だって仕方ないじゃない、それで?」

 あなたは疲れたと言って苛立ちながら席を立つ。

 哲学者イーカッキ・マークならば、そこで何と云うだろう?

 「それは過去なのか、未来なのか、それとも今なのか」

 何故、ボクらはいつも距離を感じてしまうのか。

 気怠い空気がふたりを無口にさせていけば、一ミリグラムの愛の言葉も聞こえてこなくなる。

 あなたはいつも、歩く時、食事をする時、性を交える時でさえ急ぎ足だった。

 時間に追われるシンデレラのように慌てているから、記念写真にブレが出てしまう。

 仕方なく高速シャッターで切ることになる。

 それは深度のない暈けを作り出し、男と女のブリッジは降りしきる雪の中に埋もれてしまう。

 その下側を舟で通る時、ボクは言い知れぬ失望感に包まれる。

 あなたはいつも橋の上に佇み、ボクの声が聞こえていないような顔をする。

 「何が欲しいのよ、いったい何をしたいの?いつだってあなたを想っているし、あなたを大事にしたいと考えているっていったじゃない。何回、同じことを云わせるの?」

 さぁ・・・・、ボクにもわからない。

 そんな返事をしたら、いつのまにか心が離れていたり、見失っていたり・・・。

 ボクはただ、何度も同じ Love Language を囁いて欲しいと願っていただけなのに・・・。

 愛することに始まって、愛することを続けて、愛することで我儘でいるように・・・。

 「良いお年を」

 そんな言葉を残して、あなたは雪の中へ消えていく。

Masturbation Act

些細な思いこみ
月影へと私を押し込める
普段と変わらぬ言の葉と渇き

舞い散り
舞い散り
カサカサと静かに重なりあう

あなたが歩いている
その向こうに浮かんで消えてゆく
こちらを振り向く気配さえない

夕闇み
夕闇み
しばらくは何も見えなくなる

それはとても痛い
だから憐れむように愛してくれる

そしてそれを感じる私はもっと痛い
だから求めないように気持ちを繕う

わかっているのに
わかっているのに
それでも傍にいて欲しいと
囁く指を這わせている

 

あなたは、私が再び現われるのを知っていたかのように微笑むと、拍子抜けするほどに私の過ちをあっさりと許してくれた。

それまで何度も何度も自分なりに脱皮を繰り返してみたのだが、忘れられずに、もっともっと忘れられなくなっていく自覚があった。

あなたが何も喋らずに裸になっていくのを、私はただソファーに座って眺めてもいたが、それは幾度となく脳裏で見た場面と同じだと感じた。

美化しているわけでもなく、現実のあなたの美しさに記憶の断片は重なっていく。

それはパズルのピースがぴったりと合わさっていくような気持ち良さ。

ずっと鎖で繋がれていたから、私のカラダは痣ばかり残っていて、私の存在そのものが薄れてしまったのだろうと考えたりもしていた。

あなたはまたこれからも私を虐め続けていくのだろうか、前は怖くて一緒に居られなくて、自分が自分でなくなりそうで、考えると厄介で、どうしてだろう?

またあなたが居れば私のすべては奪われる。

わかっているのに、わかっているのに・・・。

Woman In Red

何でもない紙で指先を切った。

そこから溢れだす鮮やかな血は、いったん掌に溜まり、そのまま細い手首へと流れ落ちてゆく。

あの人の怒った顔しか思い浮かばなかった。

たまに見せる笑顔もあたしの心の裏側を見られているような気がして、それさえも素直に受け止められない。

許すことは簡単なことだけれど、誰かを愛するということが弱さに思えてきた。

しかし、完熟した独りの中で自分が自分でないような退屈さを覚える。

「忘れる」という幸せをあたしは何のために行なっているのだろう。

クールダウンは曖昧には実行できないし、愛を葬るにはそれなりの時間も必要だし・・・・。

昼下がりから夕暮れまで「女」というタイトルの曲を続けざまに聴いた。

Street Walking Woman, The Woman I Am, Gypsy Woman, I’m Every Woman, 

              Woman’s Trouble Blues, (You Make Me Feel Like) A Natural Women・・・・

誰かを愛して、誰かを失うということが寂しい夕闇に一節ごとのリフレインを誘う。

時間が経つに連れて楽になった、前よりもずっと楽になった。

だから過去を覗いてはいけないのだと強く感じた。

そしてそれからは余裕を持って自分との戦いを始められる気がしていた。

あの人の出てくる夢を見ないで朝を迎えることが出来るかどうかという子供っぽい試練。

同じベッドで眠ってもあの人はきっと違う夢を見ているはずなのだ。

愛し合うことは、それこそ夢。

あの人が最初に優しくしてくれたのは傷つきやすいあたしの心がすぐに壊れてしまうことを知っていたから・・・・きっと。

だからはっきりと愛していると言われた時・・・・とても笑えた。

赤く染まった指、そしてあたしの隠れてしまった肉片。

それらをそっと口許に運び、皮一枚で隔てられたドクドクした神経の向こう側に今は確かな鼓動を感じている。

記憶の残像で滲んだあの人と、出逢った頃の少年のような瞳が潤み薄くなったあの人と・・・・

「お前が悪いわけではない、オレ自身の問題だ」・・・と。

でもあの人もあたしと同じように指を舐めていたに違いないのだ。

しかもあたしの見えないところで笑みを浮かべていたことだろう。

女の純白な紙を取り上げて、そこに自由な絵を描こうと筆を手にした男がいた。

それは丁寧に下書きを終え、色を選んだまでは良かったのだが、つまらない絵だと言って、彩を放つ前に中途半端のまま破り捨てられてしまう。

小さくなった紙片に、あたしの涙が哀しく零れてゆく。

涙がそこへ落ちるとぼんやりと滲んで、それはまるで一瞬のうちに咲く花の水彩画のように思えた。

だから、いつかの約束の風に乗り、あたしはこのまま真っ赤な月へと向かう。

ゆっくりと、静かに、そしてぼんやりと吸い込まれていくように。

My Shower

この部屋からあなたが見えなくなってどのくらいになるだろう?

思い描いた未来など何処にもなく、それはまるで初恋だったような錯覚の中で自分の記憶の一片となっていった。

私は今でもあなたの背中ばかりを脳裏に映している。

ピアノの前にあなたが座ると、その向こうから共振してくるレインドロップのような音色に心地良さを感じて、やがてそれは暴力的に雷雨となって押し寄せ、いつも私はそれに呑まれてしまうのだった。

どんな表情をして弾いているのか、私はいつだってあなたの横顔を覗き見したい欲求に駆られたけれど、それさえも拒むようなタッチの中に現われる過去、現在、そして見る事のなかった未来・・・

物語はイントロから、そして優しく始まるとは限らないことを思い知らされ、それからの私は当り前のように納得していくのだった。

何を望んでいたかを意識してもらおうなんて思ってはいけないのだ。

だからまるで海の中を行く一隻の舟に乗せられた気分、そこに便乗できる人間は誰ひとりいないのだから。

あなたの導く風は私の心を戸惑わせるように

あなたは私を海の中へ引き摺り、すべてを覚悟させてしまうように

時には穏やかに、そして時には激しく、私に愛という欲求を起こさせるように

あなたの奏でる音は、私を永遠の眠りに導くように

気が付くといつも演奏は終わっている。

まるで睡眠薬を与えられたのではないかと思うほどに、私の脳の疲労は何故かピークに達している。

それはレイプされたような気分なのかも知れない。

今となっては、どこに逃げても聴こえてくるあのピアノの弦の響き。

夏の訪れで暑くなった日も、気が付くと冬が来て冷たさを肌に知る日も、自分の影になってしまったように離れないでいる。

そして目の前に差し出された幻の指に霜を降ろし、またもや平熱になりかけようとする私の心をフォルテでたたきつける。

痛い・・・・

きっと気持ちをどこかに隠していても、あなたは私をそうやってたたき続けるのだろう。

決して愛しているとは言ったこともないし、あなたは私を愛しているとも思えない。

それに気が付くと私の居場所などないのだと心をひどく傷つけている。

だから強気で生きていなくてはいけないのだと。

「ゼッタイナイチャウカラ・・・・」

私がもし、そんな言葉を嘘でもいいから吐けるような女だったとしたら・・・

代わりにため息を吐きながら、視線を落とす。

あなたの追う視線の角度が、何度であろうとどうでもいいはずなのに、微妙に違う視線の先ばかりが気になる。

あなたの視界に入るように背伸びしてみたりもしてみた。

だけどそれはひどく私をひとりぼっちにさせた。

「イマワタシヲミテタデショ?」

眠りの浅瀬の中で雨の降り始めた音に気付いて目が覚めた。

ふと考えるとまた忘れられたような気がしていた。

とても不安になっているひとりの女がいるのを、静かな天から見られているような。

それは幼い頃によくかくれんぼをした思い出。

狭い家だったから隠れるところと言えば洋服ダンスの中が決まりだった。

見つからないように扉を閉める。

一瞬にして闇の世界へ葬られる。

真っ暗になると方角さえ判らなくなって、ぶるぶると心が揺れた。

眼を閉じても開いても同じような世界。

ナフタリンの匂いが脳を錯乱させているのかも知れない。

何処かに浮かんでいるようで、でも身体は硬直してくる。

これ以上に息をすると酸素がなくなってしまうのではないかと感じるくらいに。

そのまま眠ることが出来たら私はずっとずっと楽だっただろうに。

兎に角、その中は暑いような冷たいような、狭いような広いような、藍なのか銅なのか、自分が霞みに呑まれる気分でコントロールが利かなかったことだけは憶えている。

「ミーツケター!」

その時に聞こえた声は幼い顔をしたあなたで、私の頭は恐怖感と安堵感とが入り混じって涙が零れてきた。

「ダイジョウブー?」

同じその声が聞こえて来て、気が付くと私はお漏らしをしてしまっていた。

私はその場から動けないでいた。

あなたは言葉を噤んで私の顔をじっとみつめていたことは知っていた。

でも私はあなたの大きな眼を見ることが出来ずに、それからのことは何も記憶になかった。

今思えば、恥ずかしいことを憶えていたくなかったから、私の脳はその時間を抹消しただけに過ぎないのだと思ったりしている。

この部屋からあなたが見えなくなってからどのくらいになるだろう?

あれからのあなたは何処へ行ってしまったのだろうか・・・・・。

私はまたシャワーを浴びている

If I were a wind

ボクは人間がたくさんいる場所が苦手だった。

知っている人が居る訳ではないのに、どう言う訳か気を遣ってしまう。

だから継ぎ接ぎだらけの都会の風景を写真に撮るのに、人像を入れないでフィルムに納めるという癖が無意識のうちに付いてしまっていた。

例えば裏道。

車も通れないほどの狭い路地へ左から折れてゆく。

初めて来た道なのに何度もこの路地を歩いたような錯覚がある。

誰もいない静かな都会。

勿論、一人遊びも上手だから、寂しくはなかった。

きっとそんな場所で縄跳びだって、かけっこだって出来てしまう。

それはボクの目の前にボクと同じ名前のキミがいるから・・・。

好きなものも嫌いなものも同じだからとても仲が良かった。

------明日は何をやろうか?

そんな言葉でキミにメールを送ってみる。

世の中では毎日のようにたくさんのメールが行ったり来たりしている時代なのに、ボクはこれがあまり好きではない。

今は電子メールなんて普通のことのように行なわれているけれど、一瞬にして飛び立つロケットみたいで怖ろしい。

ボクが若い頃は切手を貼って手紙を送るという文通が主流だったから、封筒をポストに投函するのと、ボタン目掛けて右クリックするのとでは思い入れが違うのだ。

そして返事を待つ。

出してすぐに返事が来ることはないから、数日はいろいろと想う時間が生まれてくる。

いつも午後2時に大きな鞄を抱えて郵便配達員はやってきた。

乗っているバイクは独特のエンジン音がしていて、ブレーキパッドが摩耗しているから“キーーーー”、スタンドを立てて“パコーン”という音がして、それが遠くから聞こえて来るのが気持ちを一層に昂らせた。

自分の家の前まで来るのに玄関のノゾキ穴?から黙って視ている。

通り過ぎて行こうものなら、とても落ち込んだりした。

またちゃんとポストに入れてくれても、選挙か何かのうそ臭いハゲジジイが笑って写っていたりすると破りたくなった。

そういえばあの子はどうしているだろう。

あの日から返事が途絶えたままだ。

ボクはずっとやさしさを探しているのに・・・。

手紙が届かないのはあなたの優しさだろうか?

それはボクに優しくしているのではなく、自分に優しくしてあげるという意味なのかも知れないと最近になって感じたことだった。

あれからもうずっと寂しい夜がつづいている。

ボクがそこまで辿りついた時、彼はもう既にそこに来ていて、膝を抱えながら遠くを眺めていた。

まるで何かを失くしたような悲しい様子だ。

ボクはボクという彼にゆっくりと近づいて、声をかけてあげる。

幻とその幻の後ろ姿とを交互に見てきたボクは、相変わらずな性格だけれど・・・。

「君はいつまでここにいるの?」

「うまく風に乗れないんだ」

「いい風が吹いているよ」

「怖くて羽根が動かない」

「じゃあ歩いていこうよ」

そうやってどのくらいの距離をふたりは歩いて来ただろうか?

Wither Leaves

彩る景色を 焼きつけた晩秋の中
ゆっくり舞うなら ため息も見えるだろう

このまま流れて 愛という言葉は変わる
見えない明日を 想うのは罪なことなのか

いつまでも信じていたいと 募らせてくちづけたふたりには
やがて来る冬の寒さの 少しだけ物憂げな温もりが

痛いと・・・

目の前の微雨から 叩かれた心の様は
あなたの知らない 時の針が刺し傷を残すように

ゆらゆらとゆらゆらと ただ落ちてゆく
ゆらゆらとゆらゆらと もう知らぬ間に 

抱きしめて瞳を閉じれば 滲ませた夢だけが映るのも
遠い日々がそこにあるから 本当の風景が褪せてゆく

いつまでも信じていたいと 募らせてくちづけたふたりには
やがて来る冬の寒さの 少しだけ物憂げな温もりが

痛いと・・・

ボクは名前を呼ばれた気がして振り返ったが、そこには誰もいないのだと知ると、この昼下がりの陽射しの眩しさに気が付いた。

一度、瞼を閉じてからそのミルク色の中を右から左へ下から上へとゆっくりと動かすと過去と呼ばれた時間たちを見つけたような気分になる。

忘れようとしても瞼の端っこにあなたの形があり、光のブランケットで覆われている。

そこから伸びる肩から腕へのラインは、ピクリとも動いてはくれないそれは夏の日。

「眠っているの・・・?」

その向こうには秋の葉が風に揺れて動いている。

焦点を合わせてゆこうと思うのだが、茜色に染まる夕日が眩しくてまた眼を閉じてしまう。

その世界はあなたの細胞の疲労を弾きだし、それはまるで遠近感を失い、いつのまにか夢が覚めたように現実へと戻ってゆく。

それは言葉にしてはいけなかった言葉。

そこが畏まったどこかの庭ではなく、野に咲く想紫苑の香りで溢れていれば、ボクの身体の雨にも風にも哀しさが付いてくる。

月日が流れても、もうあの頃と同じようにあなたを愛せない、と。

お互いに捨てたい何かを抱えても、粧った愛は透き通った蒼をイメージさせてボクの頬を滑ってゆく。

秋が終わらぬ間にすべての葉が散ってしまったように・・・・

Why do I feel so alone

わたしは嘘をついている。

守るものは何もないし、捨てるものさえもなくなっている。

ある意味、年齢に正比例した枯れが訪れているのかも知れない。

あなたを愛するようになってから、あなた好みのドレスの色も覚えて、あなた好みの香りもつけて、あなた好みの女優に近づいてみせたりもした。

自分の知らない世界に足を踏み入れて、何かを開花させていくことは快感でもあった。

「愛は惜しみなく・・・」

そんな意識の中で、あなたがわたしと同じようにわたしを愛することはない、と理解ってはいたけれど、それは妬みと言う詩情になって現われる。

あなたの帰る場所はわたしと同じ部屋ではなく、もちろん時間がくれば目の前から居なくなった。

あなたには長く続けてきた仕事も、家に帰れば幼稚だという妻も、わたしはいろんな妄想で週末をひとり過ごすのがとても嫌になる。

恋愛には障害があるからセックスに喜びを連れてくるのだという言葉に相槌を打ってみせて、そんなふうに考えれば一層割り切ることが大事だと気持ちを宥めるのだが。

わたしの中に怠惰がなかったとは言い切れないし、もっと若い頃に出逢えていたら同じような気持ちでいられたかどうかも怪しかったりする。

わたしはいったい何が欲しいのだろうか。

「お互いに尊敬する気持ちがないと愛は褪めていく」

夫婦の顔をしてあなたと旅行へ出掛けたりすると、わたしは至福の時を迎える気分になる。

去年はいろんなところへ旅をした。

その度にあなたはわたしにいろんな顔を見せ、それはプレイボーイな男だったり、幼稚園に通うような子供だったり、親の匂いを嗅がせたり、たまにゲイのような仕草もしていた。

パターンは多くはなかったけれど、今でも逢えばそのどれかに属している気がする。

最初はそれが愉しみのひとつでもあったけれど、それは自分の本性を掴ませないよ、という行動にも思えてきた。

あなたはもしかしたらとても保守的で、全てを両天秤にかけているのだろうか?

わたしはあなたのように冷静さを保つ愛が演じきれない。

ずっと微熱は続いていて、あなたにこの病をあげたくなるほどだ。

寂しさの狂おしさに袖を通してもらった時に、わたしはこの人を愛し続けると、重ねたあなたの唇からもれてきたため息にひどく傷つけられた。

険しい表情をしていたかも知れないし、そんなわたしの気持ちも気付いてはくれていないかも知れない。

でもあなたのリベラルなところはわたしの心の小ささを直してくれるのではないかと思っている。

わたしは周りに大勢の人間が居てくれたとしてもひとりが怖い

それからというもの寂しいとつい微笑してしまう、そんな癖にも似た日々が続いているのは、何よりもあなたを見つめるのに猫のように淋しそうな瞳ではいたくなかったからだろうか。

一輪の紅い薔薇の花を大理石のコンソールの上に置き、薄暗く灯ったルームランプの中でそれを眺めながら、心と脳のあいだで錯綜する光と影は少しだけわたしに旋律をくれる。

そのラインに宿っている孤独感のマイナー・トーンとコンプレックスのディミニッシュ・トーンの音はつまらない閃きを持たせるかも知れない。

わたしは今夜も嘘をついている

Never Did I Stop Loving You

無意識のうちに溢れだす涙は

やがて身体のあらゆる窪みに溜まり始める

その水面に輝る蒼い泉の幻

その上に舟を出し漕いでゆく

風はいつの間にか時間を呑みこむように波を作る

澄んだ水は今夜も月を映して心を揺らす

その変化がかけがえのない記憶になる

自分の中に存在する表情はナチュラルに生きているのだと

ネガティヴな想像力の中で

それをポジティヴな構築で表現する術を身につけて

「いいわけ」にしかならない言い訳はしない

遅すぎるということはない

若くなくてはならないということもない

君の中で湧き上がる感性をそのままに

まず、何事も自己満足から始まらなくてはならない

2,3歩前へ足を踏み出せば

それだけで君の風は吹き始める

In Silhouette

ボクは赤いピアニカを抱えて緩やかな坂道を歩いていった。

丘の上に上がるのにはもっと楽な方法もある。

それは階段を使うこと。黒い長靴を履いて、ヘルメットにいちょうのマークを付けた隣町のおじさんが造ったあの急な階段。

でもボクはその階段があまりにも急だから怖気づいていて、反対側から遠まわりをしてゆっくり上れるなだらかな坂道の方を選んでいる。

丘の上の頂上からはケイちゃんの住むお家が見える。

昨日の雪がまだ残っているから屋根はみんな白いのだけれど、ボクはちゃんと判別が出来るミクロの眼を持っているから大丈夫。

ここに佇んでいると冬の風が頬に冷たくて、時々、寂しくなったりする。

これから化粧を始める夕刻の色彩の中に最初に瞬いた光を見つければ希望だって湧いてくるはずだ。

「君はその星を見たことがある?」

ケイちゃんは転校生の女の子。

去年の2月にボクの町に引っ越して来た。

ケイちゃんちはいつだってボクの憧れで、出来ることならケイちゃんちの子どもになりたいと思っていた。

「ケイちゃんはとっても甘い匂いがするね」

それはポケットに忍ばせているキャンディーを四六時中お口の中で転がしているからだろう。

「ボクにもひとつちょうだいして?」

ケイちゃんはボクにイジワルをするのが好きだからすぐには貰えたりすることはない。

実は三丁目の元木クリーニングのあのうるさい犬はケイちゃんのお気に入り。

それは賢いのか馬鹿なのか、「お手」とか「伏せ」とかいう芸に忠実だからなどと云っていたけれど・・・・。

ケイちゃんはボクに「犬になったらキャンディーをあげるよ」と云った。

ケイちゃんがどれほど魅力的か説明するのにボクの頭は大人になっていない。

だからそれはボクにしかわからない。

そしてケイちゃんは東京生まれだからいろんなことをたくさん知っている。

最近、発売になったあのオモチャのことも当然のように持っているらしいし、着ている服もFとかGとかCの文字が並んでいるものばかりだ。

それはとても高価らしくて、ボクのお小遣いではとうてい買えるはずもないし、学校のそばのリョーユーパンの赤い看板を掲げたミドリばあちゃんのお店なんかに置いてあることはなかった。

今のところはケイちゃんちに遊びに行ったことがない。

それは怖いパパがいるから。

パパは一応は大手のサラリーマンとは聞いているけれど、本当はお医者さんではないかと密かに思っている。

だってあんなにいい服を着ているし、あんなにいいお家に住んでいるし、お金持ちパパって赤いスポーツカーを乗り回して、毎晩お酒も飲むんだって、セレブブックの本を読んだことがある。

そんなところのお嬢さんだから、ボクみたいな子と遊んではいけないって?誰かが云っていたらしいけれど。

それとケイちゃんは13匹のペット犬を放し飼いにしていると聞いた。

その中でも新種のボクのことが世界中で一番好きだって云ってくれたけれど、本当だろうか?

ボクは知らないオジサンにはついて行かない子だから、ケイちゃんが他の犬たちにも同じように言っているかも知れないと探りを入れてみようと思っている。

ボク以外の他の犬はやっぱり血統書つきで、ボクのように耳の垂れた雑種の犬は珍しいから逆に面白いのかも知れないけれど。

「そうだよ、ボクは地球上にはいない種類、本当のことを言えば、遠いジュピターから来たんだ」

「だからパパが持っていたようなエッチな本なんて見ないのね?」

あんなの見ても何とも思わないし、それだったらケイちゃんのお尻とか胸とか、口元なんてずーっとセクシーだし、月に行った時にオッパイというのを一度だけ見たけれど、あえてそのことには触れないでじーっとケイちゃんを見ているんだ。

ケイちゃんちの子どもになれれば、ずっとケイちゃんとお話も出来たりして、美味しいおやつもたくさん出てきて、お風呂だって一緒に入れるだろう。

そっちの方がエッチな本なんかよりずーっとエッチ!だと思う。

でもケイちゃんはいじめっ子で我儘だから、他の誰かと遊び呆けて帰りだって遅くなって、もしかしたらボクはお風呂もひとりで入らなければいけない場合もあるのではないだろうかと心配になってきた。

でもそんな時のボクは早めにベッドに入り寝たふりをしている。

だって、ケイちゃんみたいに素敵な女の子は、外で遊んでくることによってストレスを溜め込まないでいられるのだと、大人社会を理解しているようなことを思ったりするからだ。

白いお皿が焼けたようにオレンジ色へと染めてゆく屋根。

ボクは脇に抱えていた赤いピアニカを口に銜えた。

一日一日が過ぎていくように、ボクの恋は同じように膨らんでゆく。

大人になったケイちゃんに熱い旋律を込めてみる。

甘い香りのする唇で「待て」を言われた口元が「許す」という言葉を待っている。

僕は君を上目づかいに見つめる犬のようだ。

 

ケイちゃんはボクの奏でる音色で窓から顔を出し手を振ってくれるだろうか・・・・。

ボクは今、ケイちゃんの瞳の中できれいなシルエットになっているだろうか・・・・。

Fuddle Away

この間からずっと頭痛が続いていて、僕はAspirinを呑んでいた。

顆粒状のそれはすぐに脳へとまわっていき、やがて睡魔に襲われる。

そしてどのくらい眠ってしまっただろうか。

目が覚めると君が居た。いや、まだ夢の中だったのかも知れない。

君の目をみつめて

君の肌に触れて

君と話をする僕が居る

僕はいつだって君の事を考えているのに、君の夢の中になかなか出ていけないでいる。

ようこそ、セニョリータ!

「僕の部屋の中には、たくさんの音楽があるし、ねぇ、以前に来た時よりもまた増えた?」

「機材も?譜面も?そうかな・・・。」

僕のお気に入りのCDはここに並べてある。

アイズレー・ブラザーズのシルクの似合う夜、トゥーツ・シールマンスのオールドフレンド、そしてユーミンの紅雀。

「切ないアルバムばかりだって?」

「そうかな、もしかしたらそうなのかもしれない・・・。」

僕はいつもそんな気分でいる。

何だか妄想ばかりで疲れてくるかも知れないけれど。

頭痛の種は本当はそんなところにあるのだろうと思ってみたり。

だって僕は君の全てを理解など出来る筈はないから。

「君は僕の全てを解かると云うのかい?」

「それはきっと無理だよ!」

君が僕のことを全部解かってくれるなら、僕は君を恋人と呼んだりなんかしない。

愛はそんな甘いものではない。

最近、韓国のドラマが話題になっているけれど、それはそれは浪漫があって美しい物語が展開されていく。

誰もが想う憧れのシナリオが当たり前のように流され、きれいな描写はスクリーンの中だから泣けてしまう。

最後にはふたり結ばれて幸せになるというラスト。

だから僕らも今日から一緒に暮らし始めてみれば解かるのではないかと思う。

“僕はバリバリ働いてくるから、君は家を守ってくれ!” とそんな昔話のようなことを言ってみる。

「え?君は洗濯がキライなのかい?じゃあそれも僕がやるよ」

「僕が優しいって?」

家事が好きなわけではないんだけれど、君を愛しているから・・・。

------とは言ってみたものの、本当のところは如何なのだろうか?

そう、あんまり君にばかり優しくしてはきっと君がダメになる。

“本当に優しいのは、全てに優しいはずなのだから” とわかったような台詞。

「君は君だけに優しくして欲しいかい?」

「僕が他の人に優しくしてはダメかい?」

気持ちの内側とは裏腹に僕は知らずに君を傷つけている。

普通は男って・・・・。だから女は・・・・、では続いてはいかないようだから。

きっと妥協によってつまらなさを増幅させている。

感情の昂りは僕を、そして君を優しくする。

それはとても気持ちがいい。

Gotta Be You

アーリー・サマーという感じの妖精が出てくるような映画

夢の中では何かが部屋を走り抜けたかと思うと、レースのカーテンが大きく膨らんでシルエットになる

驚いて目を閉じてしまったけれど、「誰かいる?」と遠慮がちに心の隅で呟いて・・・ゆっくりと目を開けた

そう今朝、目を覚ました時に窓が開いていることに気づいていたけれど

あなたの腕が傍にあって、わたしの指先はあなたの胸に触れていた

緩やかなまどろみの中で見たものは、噂には聞いたことがあった、あのウインド・ストア

それを営んでいたのはやっぱり薄汚れた麦わら帽子を被った量り売りのおじさん

「アールグレイはいかがですか?」と濁声で聞いてくる

そしてわたしは小さなカップを選んで二杯注文したわ

あなたの分の一杯とわたしの分の一杯

あなたは猫舌だから常温になるまで飲めないでしょ?

だからお茶を飲むわたしをずっと見つめたまま冷めるのを待っている

「そんなにわたしを見ていて楽しいですか?」と尋ねてみた

あなただけが観れる特別なシーンなのに無言のまま、わたしを観察している

「もっと見たいですか?」

わたしは袖なしのシャツを脱ぎ、あなたへ放り投げて笑う

「ねぇ、このままわたしを何処へでも連れて行ってください」

Gentle Breeze

夕暮れの歩幅に合わせて取る、after all の旋律が、あなたの長い影を連れて来る。

80メートルの向こう側から僕の心に様々な角度で差し込むのはいったい?

モレッティから零れるトークショー。

ひとりで遠く離れ、やがては何も見えなくなる。

あなたの吐き出す煙がため息のように流れると、昼間とは全く違う風景の中、前をゆくあなたがぼんやりと浮かび上がる。

そっと手を伸ばし、「ゆっくり歩いて・・・・」そう、囁いた。

絡めた指、隠れるのはいつも僕の指。

国道を外れると画面が一変した。

風景画のディテールを僕らの前に報せながら、27.5キロのエラーを伝える。

あなたのシーンはそんなところにも存在する。

僕の心は乱れて思いがけないブルースを奏でる。

幾つかのタイトルソングは、fickle mystery apologize 薄化粧なあなたの内面を説く。

真夜中はモノクローム、いつのまにか渇いた涙、傾けたあなたのコップに満たされたのは倦怠?

見るからに滑稽なその部屋が醸し出す退屈?

いつもと違う中途半端な陽光は、あなたを違う人へと変えていく。

クールな視線を浴び、濡れた心を拭き取りながら。

恋愛映画鑑賞をキャンセル。

そこに迂回路はあるのだろうか?

このまま左へ折れればトンネルに入ってしまい、あなたが見ていたディスプレイはオレンジ色に染まる。

操作マニュアルをもう一度確認して、僕はフォグを点灯した。

あなたを連れて------

白いタイルの部屋に、青い海の底に、金色の星の下に、不思議な鳥を見て、水を掴み、ロケットの丘の上で飛ぶ夢を見た。

その時、風に抱かれた。

そして、溶けていった。

死んでもいいと思った。

再び訪れる夜、「愛している」という言葉がフェイド・アウトしながら、小さな路へと消えてゆく。

Lovers Dining

ふたりがそこに到着したのは、夕闇が囁き始める頃だった。

窓の外を覗いてみると、凪に染まった悲しみがあった。

君がファインダーから見るものは、情熱と、静寂と、失意と、欲望と、そして迷路。

僕はそれをモニターで確認するようにコントラスト・レベルをあげた。

お店のテーブルに並べられた器の中には刻という合わせが常に添えられている。

理解ってはいるものの、それは捉えどころのない食であり、いつも向かい側の席に誰かを感じながら食事を摂ることになる・・・・。

僕らふたりはよく昔の話をした。

最初に交わした言葉、見つけた癖、忘れられない場所、思い出の曲、それらは心と言う画布に描かれたまま、特別な個室である壁に飾られている。

「どこのお店へ行っても、あなたが注文するメニューはいつもそれね」

バランスのとれた食材を厳選した“愛”と言う名の究極の料理。

五感のすべてを使いながら味わうその料理は、何とも形容し難く、生ものである故にお腹を壊したりする者もいるらしい。

「君は本当の“愛”を知っているの?」

間違った店に入れば、「もう2度と来るものか!」と心に傷を負わされて帰って行く人もいるくらい繊細な料理。

そしてその傷を受ければ、心と体を蝕む悪循環に陥らせる危険性だって秘めている。

自分以外の人間を信じられずにひとりでその個室に蹲ったり、テーブルに頭をぶつけてみたり、エナジーやバイブレーションはそのお店で出される“愛のメニュー”でプラスにもマイナスにも左右されてしまう。

「初めてあなたとこの店に来て思ったこと」

しあわせ−−−−−朝の陽だまりのような緩やかな優しさ。

気まずくてトイレに立った時間のことは気になるけれど、このお店に来るのは君とふたりだけだと決めている。

Bill Evans の Everybody Digs

そんなピアノトリオを聴き過ぎて、大人たちが皆、忘れてしまったことは?

<人生なんて........>と判りきった様に、言葉にすること自体が恥であるかのように。

「しあわせ」なんて言葉を口にすると幸せが逃げていきそうで、唇に指を当てて“シーーーーーッ”

やっぱり僕は幼稚なままなのかも知れない。

「誰にも云わないでね」と口を閉ざしていても、君が真に望むものに、酸素を要求してあげて。換わりに二酸化炭素は誰にあげればいいのか教えてあげるから。

あなたとふたりで交わす言葉をそんなふうに楽しむ至福がここにある。

僕がこの店に来てからもうどのくらいの時間が過ぎていったのだろうか?

Vision

僕はカトリック系の幼稚園に通ったから、「目は心の窓」だなんて教えられた。

「ねぇ、じっとみつめて・・・・見えた?ワタシの心」

「見えるの?僕にも本当に見えるの?」

「嘘つきには見えないよ・・・・」

「僕は嘘つきかな?」

「嘘つき!イサオは嘘つきだってチホちゃんが言ってたもん」

僕は背伸びをして自分の顔を鏡に映す。

小さいけれど夢が見えた気がした。

「怪獣が居たから思わず目を閉じたんだ、怖かったから」

僕はまた嘘をついたのだろうか?

「じゃあ、目を閉じてると何が見える?」

「・・・君の笑っている顔が見えるよ!」

Deeper Than Love

僕はあなたと何度キスをしたことか・・・・・。

そしてその狂おしいまでの淡紅の口唇に愛の確認を。

足りない、足りない、足りない・・・・・。

点描画のように何度も何度も・・・・・。

身体が求めているもの。

その歴史を辿るような深い魅惑の源泉。

夢幻の息遣いだけがふたりの間を行き来する。

Between The Sheets

高層ホテルの部屋の窓から葡萄色をした光が差し込んでいる。

さっきまでマリファナを吸いながらトニーと抱き合っていた。

昨夜、3丁目の路地裏で見事に酔いつぶれたノラ猫。

理由は聞かなかった。

ただ、あまりに寂しそうな眼をしていたから、アタシは放っておけなくてそこから連れだした。

ベッドで裸にしたら肩胛骨のあたりに大きな傷跡を見つけた。

「実はアタシのここにも同じような傷があるの」と見せてあげた。

トニーのは右、アタシのは左よりの中央。

トニーはアタシの髪を撫でながら、何度も何度もそこにキスをしてくれた。

何かを求めていたわけでもないのに、思わず涙が零れた。

Yours Lovingly

薄紫の闇に点々とシグナルが繰り返されている。

横浜のシティホテルの一室で、あたしはひとり窓辺に佇んで何かを考えながら薄いブランケットを肌に纏った。

ここは窓が開かないから外の冷気が入ってくることはない。

冷たさが欲しいのと、暖かさが欲しいのとが交わり、夜半からぼんやりしていると何処からともなくあたしの頭に忍び込んでくるあなたがいる。

そしてこの部屋でふとあなたを愛しいと感じているあたしよりも、あなたと共に過ごしたあの部屋の時間の方がよけいに孤独を感じてしまうのだった。

醒めた仕草、重たい眼差し、落とす息。

あなたがまたあの女のことを考えているのがすぐに理解出来た。

そんな片思いはとても切ない。

あなたはあの女の残像を未だに追いかけていて、目の前にいるあたしの気持ちを見てはくれない。

「ここにあたしがいるじゃない・・・」

そう慰めて優しさを売りにすると、あなたは頷いてあたしを抱いてきた。

あなたはきっとあたしを抱きながらあの女と交わる幻想を存在させていたのだと思う。

どうしてあたしの理想はこの男なのであろうかと疑問には思うのだけれど、あの女の代わりにはなりたいはずもなかった。

あなたはあたしよりも未だにあの女が良いと感じているのだから、たとえこの先にどんなに心を抉られようときっと許すに決まっている。

あなたがそこまで惚れた理由は何なの?

あなたでなくともいい、あたしは好きだった男からそこまで愛されたことはない。

あの女が切り出した別れのタイミングに、あたしの許容を置き換えてみる。

女はいち早く男の短所を見分け、男であるあなたはあの女の短所を見分けられなかったのだと思う。

勿論、あたしはあなたのそういう短所を妥協出来る自信はある。

あなたは長所だって持ち合わせているし、魅力的な男である。

しかし、あたしにも見切りをつけさせた許せないことは、あなたがあたしを見ていないということ。

あたしは冷静に判断を下しているはずである。

「オレね、夢があったんだ、貧しくても温かい家庭・・・。」

夢はあたしにだってある

「このまま夢で終わったもいいものかってまだ思うんだ」

夢と現実は確かに違うものだと言われているが、言い訳にしてはチープ過ぎる。

温かい家庭には、愛情を注げる子供と寛容な主人とヒステリーを起こさないための主婦のストレス解消法が必要なのだと何かの雑誌で読んだけれど、それはつまり我慢が大事ということに尽きるのだと解釈した。

人間は自分の力だけでは生きてゆけない時に遭遇することがある。

生きてゆくための欲望は必ず存在するわけだから、どうしても他人の力が必要になってしまう。

そして誰かに愛してもらうためには、まず自分を愛してあげなくてはいけない。

自分が嫌いだ!と言っている人間には誰も近寄ってはくれない。

そして、何もかも大事になってくることはバランス。

片思いは‘片方だけが重い’からバランスがうまく取れない。

Mistletoe

雪に撥ねる月明かり あなただけを映している
いくつもの願いを込めた クリスマス・ツリーの下で待つ

追いかけたら消えそうで 切ないほど想うから
閉じた瞳に心を透かして サイレント・ナイトに耳を澄ます

夢の傍らに 優しさを忘れたくない

きつく抱きしめられた 肩の向こうの灯りに
届く温もりがわかる あなたを愛している

僕は自分のイメージを膨らませる物語の欠片に嫉妬します。

彼女の密かな息づかいが聞こえてくるようです。

 

止んだはずの雪が また舞い降りてきた。
その一片があなたをここへと連れてきたの。

迷う気持ちを振り払うように その一瞬の煌きに手を翳してみる。
遠くで聴こえるサイレントナイト

現実の企みに逆らう激しい想いは やがて色褪せてセピアのPhotograph.


温かい腕の中で 都会の雑踏が薄れてゆく
穏やかな時間に包まれて 最後のあなたを愛している。

What Is This Thing Called Love ?

君と出逢って、忘れていた情事の感覚を思い出した。

まだ抱き寄せてもいないのに甘いくちづけをしたように身体は火照るのである。

Strong, passionate affection or desire for a person of opposite sex.

英英辞典には、「異性への強い、熱烈な愛情または欲望」と出ている。

一目惚れというものがあるが、それは一瞬の内に相手をイメージして好きになってしまうことでもある。

そのイメージというのは普段から自分の中に創られていて、そこから少しでも外れると壊れていくはずなのだが、その恋の魔力にかかってしまうと冷静さを失うものなのだ。

つまり、許してしまうのである。

人間と人間が付き合うのに、この許すと言う妥協行為がどれくらい出来るのかによって愛への深さが測れたりすることに変貌してしまうという解答が出される。

ということは、我が強くては、恋愛は向いていないのか?

兎に角、ふたりは当然のように快楽を味わった

お互いにどんな過去があろうとも、相手が何を考えているのか、今は想像がつかなくても淫らな気持ちが押さえられなくなっていく。

知らない者同士というのは新しい自分を産むのである。

しかし時間は重ねるたびに今度は見えてきた性格を唇で舐め始める。

そもそも人間は熱しやすく冷めやすい。

特に男と女はある程度の距離を超えるとバランスが崩れていくものなのかも知れない。

女は私に思いっきり気楽さを求めてくれている、つまりそれは自分を鏡に映すということに似ているから私も同じ気分でいられる。

「あなたは本気で人を愛したことがあるのかしら?もしくは愛されたことは?」

妻は今でも私を愛していてくれるのだから、それはそれで惚れた弱み、バランスが良いのだと問題なしに思われるだろうが、すでに流れた月日は女を持ち合わせているかどうかは疑問に思う。

しかし、夢は覚める。

突然、何の前触れもなく夢から引き摺り降ろされるのだ。

私は洗面所へ立つふりをしてその場から離れ、物陰で妻に電話を入れた。

「遅くなって新幹線に乗りそびれた」

「大丈夫?じゃあもう一泊ね。あなたは疲れていないかしら?」

妻は私がまだ大阪にいるのだと思っている。

「あぁ、明朝の早いうちにそっちに戻る」

世の中の離婚率は相変わらず上昇しており、性格の不一致や相手に対しての不平不満が募り、ついにはハンコを押されたりする。

私の浮気がばれたりしたその時、「すまなかった、俺を見捨てないでくれ」と妻に縋ったりするだろうか?

たぶん子供が母親に叱られている様子に似ているような想像がつく。

しかし私はまた同じ不注意を仕出かしてしまうだろう。

何十年もこの性格で生きてきたものを一変出来るはずはないのだ。

例え出来たとしても、それは我慢して、注意して行動しているわけだから、余生は大変疲れるに違いない。

永遠の愛は理想ではあるけれど、それはきっと醒めるのだ。

あの女ががいたカウンターへと戻る途中でテーブル席では女性ふたりが会話をしているのが耳に入った。

「こんなはずじゃなかったの」

と友達にペラペラと正当化するように大きな声で喋っている。

その友人はその話を鵜呑みにして、

「あなたならきっといい人見つかるって!」

と慰めている。

本当に一方的に男が悪いのだろうか、もしかしたら自分の性格を直した方が良かったりしないか?

寂しさを紛らわすには、私のように、あの女のように、知らない相手を見つければよい。

しかし、それは繰り返されるということを前提にして。

あなたの昔の彼より少しだけバランスが悪くなくて、

「以前に比べれば今の方が幸せね」

とやっぱりそこから妥協が始まっているのだ。

教会で永遠を誓うのは、健やかなる時も病める時もちゃんと妥協してやっていけるの?と尋ねているようなもの。

「そんなことわかんねーよ」

と神父さんに言ってやればいい、と思ったりするが、やはり人間は恋愛に酔いしれている。

結婚に必要なものは、妥協する知恵と性生活の知恵で、“愛している”の愛にはちゃんといろんな形がある。

自分の子供を愛しているそれは、結局自分自身を愛しているのであって、他人の異性とはまた違うはずだ。

しかし、ここに来て自分を愛せない人間が出てきているのも事実。

生きることに臆病になっている奴らがいる。

どうせ人生なんてそんなものという定義づけをしてしまったような・・・・。

これは妥協とは異なるはずなのだが、混同してしまう人間が多い。

夢っていうものを言葉にすると、どうしても照れてしまうが、要は愛に対してハングリーな気持ちがどれくらい備わっているかに他ならない。

夢を思い描くことは、綺麗ごとで見たりしか出来ないものなのだろう。

しかしそこにはいろんな憎悪や努力やそれこそ妥協なども存在するのであって、そこで夢やぶれたり!とヨボヨボになってしまう人間も少なからずいる。

また、夢を掴んだと兎のようにいい気分で眠っていても、その中で夢が悪夢になってしまう人だっているのだ。

人間国宝と呼ばれている方は、努力を怠らない。

頂上に登りつめた時にはそれでも更に上の架空の頂上を目指しているのである。

 

追伸:

目が覚めると、ホテルの部屋に彼女の姿はなかった。

私の中に存在した彼女は本当に実在した人だったのか、

夢で出逢って、ただ私の想像上の記憶の女だったのか、

どうしても思い出せないでいる。

The Best Of Me

Whatever We Imagine

エスカレーターに乗ると規則的な音とアンバランスなアナウンスの中で彼女の身体はホームへと押し上げられる。

冬の一日、昼下がりには早すぎる時間。

駅の前は、その都市の雰囲気が漂うが、新幹線のホームにあがると単一的な造りの中に入ってしまう。

思い出が白いページの中に投げ込まれるように・・・・。

Our Romance

ひかり号がホームにすべりこむ。

山陽の地方都市まではこのひかり号で行けるが、彼女はまた更に西へ向かわなくてはいけない。

連休の最終日だから混雑を予想していたが、さほど自由席は混みあっていなかった。

Chaka

反対側のホームに東行きのひかり号がすべりこむ。

彼女が目をあげると、ドアの前に居る彼の姿が見えた。

聞こえない言葉と届かない言葉がちらつく雪の中で消える。