規則正しく並んだ旋律が宵闇の中に響いている。それらは瞬く間に自分の呼吸と同化し弦に訊いて言葉を吐く。
今は当たり前のように身近にある音楽、そこに求められているものなど誰も知るわけがない。遠い昔のブルースから枝分かれをし、ジャンル区分された多くの音楽を流行遅れと吐き捨てて嫌ったりする風習、それらを非難することなど無意味だと感じているのは自分だけか?
例えば、料理に作る人と味わう人が存在するように、音楽もまた育った環境やトラウマもあって当然だろう。だから理屈ではなく感覚で愉しむこと、勿論、聴き方や受け止め方を選択するのは自由であり、懐かしい少年の夢には敬意を表し、成果として先を大事にしていきたいところだと感じてしまう。
そんな自分も13の頃にギターを手にし、思想を語り音を連ねた。当初から常にオリジナル作品を生み出すことに拘り、その後に憧れた大都会のアスファルトを踏む。
大人になる、そんな自己満足に見せ掛けて、好きになれない流行と偏屈な感情は何を伝えるのか。そう感じただけで割れた嗚咽のように鳴りだす何かが聴こえた。
都会に流れていたのは音楽ではなく、ギアをトップに上げた大きな時代の速度なのだと驚かされる。それでも熱を含み走り続けてみたが、深い呼吸をすればするほど眩暈がして堪らずに横になった。心は倒れ、病んだ気持ちを毛布に包めることで涙が零れている自分に気付く。
再び妹が弾いていたあのピアノに問うてみる。そして、いつのまにか孤独な自分に気付き寂しさを紛らわそうと囁くだけの姿に終始する。
言葉は詩となり、響きは音楽を生んだ。あの少年の頃の愉しみは、少々の発熱を感情として投げた表現だと相変わらず嘯いてもいた。
不思議な物質に依存した心に苦笑いをし、語りえぬことに沈黙を貫いてみせ、それでも一層と理解っていながら、
「自分を表現するのは難しい」と改めて感じている。
紛れもなく嘘はない。 |