14になって、妹が弾いていたピアノに触れた。それまで楽器を演奏するという高尚な趣味はボクの中には無かった。もちろんそれは我流であったが、例えばビートルズのレットイットビーのメロディーとコードトーンの響きが合うと、自己満足ながら幸せな気分になれたのだ。
当時の日本ではニューミュージックと呼ばれる音楽が流行し始めた頃で、フォークギター1本でジャカジャカ弾くスタイルは衰退し、お洒落な9thの響きを持たせて歌詞を噛むよりはサウンドのテイストを愉しむようなグルーヴが確立されていった。こういったシティミュージックは、あらゆるジャンルの音楽にインスパイアされたサウンドアレンジが売りで、それは現代のクラブシーンにおいても新しい形として生きていたりする。
ボクは楽器を始めた当初から常にオリジナル作品に拘っていて、それは今でも変わらないのだけれど、自分の中で要となるのはやはり表現という怪物であった。尤も、自分に優れた才能があったわけでもないし、新しい情報さえ簡単には手に入らなかった時代で、兎に角、何かを得ようとFMラジオをよく聴いたものだった。
そんなモノラルのスピーカーから流れる音楽、朗読にも似たナレーション、都会の時代背景におけるスタイル、すべてにテーマがあったのだと感じたりしている。
そもそも自分に生まれた意識は、存在するすべてがノイズであって、そこから何を拾って日常を送っているのだろうかと考える。カッコばかりつけていると眩暈がしてやがて熱が出始める。心が倒れて、ノイズの中で病んだ気持ちを毛布に包めることになると、いつのまにか孤独な自分に気付く。
言葉と音楽と、それを愉しめるのなら少々の発熱でも逆にそれは気持ちが高揚してくるのだから、こいつら不思議な物質だと今更ながらに思ったりしてボクはこっそり心の奥で苦笑いをしている。
イマジネーションはボクを刺激して止まない。
眼では見えているのに、肌では感じているのに、頭では理解しているのに、それを表現するのはとても難しい・・・
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