銀座ライブのメンバー

今回のライブの流れの中で、プレイヤーが見つからないことを理由にやめるわけにはいかなかった。どうにかなるだろうなんて考えてはいたが、いざひとりだと何も出来ない無力な自分がいた。コンピューターを使ってほぼ完成度の高いデモを作るのとは訳が違う。

ソロで出来ること、大友さんとデュオなら出来ること、バンドとして出来ること。それぞれに選曲も違えばアレンジも違う。ボクは普段はほとんど弾かないギターを取り出して久しぶりに指を痛めつけたりしていた。

頭の中は4リズムのアレンジが浮かんでいる。出来ることならばライブもそれと同じイメージに仕上げたいという気持ちが強かった。そして去年のライブよりも勿論良いモノにしたいのだけど、それは結果ということで、今自分に出来るこの時点での決めた部分の最高が見せられれば良い。ライブですべてを吐き出せることなどなかなかあるものでもないが・・・。全てをソロでと腹を括っていた時期、大友さんよりメールが入る。

「これから初顔合わせでバンドをやるには無理があるから」

そう言って、去年タケヲバンドでご一緒させてもらった原田栄一さん、森田育宏さんのリズムセクションを、そしてサックスの太田充さんに話をしてもらった。

大友さんとはもう20年以上もお付き合いさせてもらっているのに、いつも助けられてばかりだ。4つ年上の師匠の音楽に対する愛し方はいつも真剣で勿論、遊び心も忘れていない。バンドに拘りながら歌を大事にしている姿勢はボクも見習ってきたこと。

だから結局は魂(ソウル)があるのかないのか。演奏テクニックだけではない、とても大事なのはテーマ、そして音楽を見つめる角度と温度と重量と、数え上げれば切りがない。それを追求していけばそれこそ音楽はモンスターであると感じるばかり。

メンバーは決まったがリハーサル可能な時間は限られていた。大友さんは楽曲に対する解釈をみんなに伝えていた。勿論、ボクの意見も随分と通してもらったが、アレンジャーとしてハズレなどなかった。大友さん自身もやっぱり試行錯誤しながら行なっているんだけれど、とても大事に扱ってくれたことは言うまでもないし、とても感謝している。

メンバーとは少ない時間の中であまりにも波長が合う。勿論、気心しれた仲間ではあったけれど、こんなにもこんなにも愛を重ねてしまえば〜♪ 唄っていて気持ち良かった。

何かを共同でやる時、気持ちの入っていない人間がいればそれは空気で判る。全員が自分達のバンドで掛け持ち忙しい中、きちんと構成を組んで、解釈して、プレイしてくれる。修正があればすぐに対応できる。そんな成熟したバンドだった。

アレンジ段階でのデモ作成にあたり、ベースの永吉亮さん(2世誕生おめでとう!)、ドラムの斉藤和夫さん(同じ釜の飯ってお付き合いの先輩)にご協力いただいたこと、心より感謝いたします。

みんな凄い!そればかりを感じた。

夏のライヴに向けて

 

2004年に大塚で初めてのセルフライブを行ったのが昨日のことのようだ。
あのライブ、集大成とも思えるその2時間の中でボクは何を思い、何に願い、何に向けてパフォーマンスを見せてきたか・・・

今、ボクの音楽活動は誰のためでもなく、自分を見せることに他ならない。

去年は「Sigh….」という小説にかかりっきり、でもそれよりもライブが終わってから頭痛が続き、音楽活動にまで手が回らなかった。

今年は何らかの形でライブ活動を再開する決意があった。
大友さんにも背中を押され、去年と同じミュージシャンでスタジオに入ったりしたのが初春で、それは秋に計画されたセカンドライブの挨拶みたいな集まりだった。
随分と先の話かも知れないと思いながらも、ボクはいくつかの新しい楽曲を持ってみんなに「感じるように演ってみてほしい」とデモなしのインスパイアセッションという形で音を出してみてもらった。

まず驚いたのは体が音を覚えていたことだった。未発表の曲に関しては手探りではあったものの「こう演るのがいいよね」という暗黙の了解みたいな空気がそこに見えた。

面白い!ボクは自分のオリジナルにそう感じた。

そんな頃、知人から「ライブをやらないか?」というオファーがある。
場所は銀座、オールディーズなどを中心に幅広いミュージシャンが出演してきた老舗のライブハウス「Tact」。

ウェブ上、イベントの度にバンド用の掲示板を設けているからこれを使ってみんなに打診してみた。
七月は皆さん過密スケジュール。
何とか参加できる方、如何にもならない方と様々だ。
特に重要なリズムセクションがここから外れる。

出演の話は受けてしまったが、バンドとして機能しなくなり、そこから怒涛のメンバー探しが始まった。

某日、マネージャーのA氏に連れ出され、バックビートというライブハウスを訪れた。ここはお酒を呑みながら好きな音楽を自らプレイ出来る飛び入り参加のようなお店だった。皆さん、カッコいいプレイでボクはまた小さくなる。そしていろんなプレイヤーの方々を紹介してもらった。

永吉・トモノウ・しの女史・塩ちゃん・営業A

ボクも3コードでいくつかピアノを弾いたが、そのうち「唄え!」の声に答え、吉田美奈子さんの[時よ]を熱唱(?)したりもした。お粗末・・・・

ボクはいろんなジャンルの音楽が好きだ。CDのライブラリーも節操なくあらゆるジャンルのものが並んでいる。影響を受けたミュージシャンは数知れず、でもそれが自分のプレイにすべて反映されていくかといえばそれは難しい。

ボクの音楽活動は等身大であって、自分を表現するにあたって日本語で歌詞を書き、心地良いメロディーに少しだけテンションを加えた響きがベースとなっている。

流行を追うということはない、むしろ出来ることしか出来ないのだからその中で創り上げる。ボクはそれを決してカッコ悪いことだとは思っていないし、スタイルがある分は強みだと受けとめているつもり。

ジャズフュージョンとかAORで誰々のプレイだとか、勿論たまらなく好き、そしてカッコいいと思う。でもボクにはそこまでで、あとは美味しいトコ取りをしてアレンジに絡ませる種類のものとして扱われている。

プログレッシブロックが命の若者が東京に出てきて、それはそれで良いのだけれど、他の音楽を知らずに音楽を語るのは間違っていた、それが解かるともうリストカットするみたいにたくさんの傷をつけていった。

これが痛い、とっても痛かった。そればかりか容赦なく叩かれた。身体中が痛いのは、ボクにきちんとした神経があって、細胞があり、切り口も傷跡として残るということだ。

音楽に正解などないのだろうけれど、出来上がった作品に、他人が何かを感じて貰えるかどうかという点がとても重要だと思う。勿論、自分で作った時に何か感じた作品でないと発表してはいけない。

そういうボクの意向を知っている人間が、バンドという形でステージに立っていてくれた方がボクは安心していられる。アンサンブルしていなかったり、ポイントでない部分で、ひとり目立とうと前に出ていく人間がいたりすると、それはもうボクの楽曲ではなくなっていたりする。創造っていうのは、本当に音楽を続けてこれて良かったと感じるこの瞬間ではないだろうか。

それが自分ひとりで出来るのであれば言うことはないが、ボクにはまだその技量がない。

精進、精進!!!

2ndライブのスタジオリハーサル

 

春を迎えようとしているこの時期、セカンドライブにおけるスタジオリハーサルが始まった。

去年と同じメンバーを揃え、よく言えば安定感、悪く言えばプレイヤーそれぞれがリベンジとして臨む。

それは本当に久しぶりのサウンドだった。

結局あれから打ち上げも忘年会も新年会もなく、それぞれが自分の仕事場に戻っていたという状態。

しかし、その一年の中で暗黙のうちにイメージされた、バンドとしてのサウンドそのものが進化していたことにボクは少なからず驚いた。

音楽は常に新しい試みを探りあてようとしている。

だからといってクオリティを落とすわけではない。

変わっていく大部分はリズムにおけるグルーヴを面白くしていくこと。

シンセサイザーなどによる新しい音を加えることなどがあげられる。

基本はやはり基本だが・・・。

 

一方、リバイバルと称して色を出していくこともこの時代にはマッチングしている。

その再評価は、「良いものは良い!」ということなのだ。

その選択肢はミュージシャンそれぞれにある。

つまり、楽曲の解釈の仕方がオリジナル曲を創るボクのイメージ通りに膨らんでいくか、また、どんなふうに刺激していくかに他ならない。

ボクが楽曲を他人に提供する時、デモ演奏が欲しいという人と何も要らないという人がいる。

プログラミングは大変な作業だし、自分で作っていてもイメージ通りにならない時もあり、はっきり言うと面倒な作業だと思っているから後者の方が有り難いことは有り難いことなのだが。

 

バンドはコード譜だけで充分だった。

プレイヤーはまずボクの歌メロを聴く。

ベースがリズムを敷き、ドラムがキープする。

ギターはオブリガートを入れ、キーボードでハーモニーをつける。

サックスは共に唄い盛り上げる。

ほんの少しのモチーフだけで音楽が完成していったりするものだ。

 

音楽が大好き!

ご褒美と称して

早いもので2月ももうすぐ終りますねぇ、それでも寒い毎日は続いておりますが皆さんいかがお過ごしでしょうか?

そんなことでよろぴく!

先日、ネットワークウォークマンを手に入れてからというもの、曲のダウンロードやライブラリーからの転送とやらをしながら日々愉しんでいる。

以前にもらった7900円分のEdyギフトを使ってダウンロード。1曲が158円は最低料金で、邦楽あたりなんか高いものでは298円。しかし、メディアが手元にないというのはラジオを聴いている気分に似ているから安っぽいなと感じる。

少年時代はエアチェックと称してラジオから流れてくる音楽をカセットテープに録音してそれを繰り返し聴いていたものだった。その印象だからちっとも所有したという気持ちになれない。

その点、レコードはサイズも大きかったし、針を落とすドキドキ感や、A面に満足して盤をひっくり返す期待感も心を躍らせるものがあった。ジャケットだって大きいから絵を眺める感じ。いろんな愉しみ方が出来た。

だから20年前くらいまではレコードを買っていた。それは今でも売られることなく部屋の棚に並んでいる。

現在、きちんと数えたことはないけれど、ん千枚は所有しているであろうコンパクトディスクも整理せねば何が何処にあるのか判らない。

血液型Aとは言いつつ、そんな作業を始めるまでの腰が重いのできちんと時間割りを決めたやり方がやはり良いかも知れないと思っている。

持っているCDなのにまた買ってしまうということも少なくない。それはきっとちゃんと聴いていないんぢゃ?

そうかな?

お気に入りの音楽は何度でも聴いてしまう。トータル的に言えばアルバムとして何らかのコンセプトがある方がボクの中の象印賞である。飽きの来ないバラエティに富んだアルバムこそアルバムだと感じてみたり。

買い物と言えば、NWの前はバイオTを買ったのだったな。こちらはどこにいてもモノを書けるようにという意味での購入。そしてその前はというとSONAR4、これはハードディスクレコーディングソフト。そして写真も充実させたいと一眼レフのカメラも狙っている。

アホやなかと?(-o-)

金持ちのボンボンやなかろうもん!

それよりもっと内容を充実させないかんばい!

使いこなす!大変大事なことだ。今の時代、次から次へと新しい商品が世に出回り、次はもっといいのが出るから....と待っているという訳にもいかないから、もっと深く隅々まで熟知し、使いこなそう!

そう自分に言い聞かせながら、だからと言って決してモノを無駄にしているわけではない。新曲はきちんと進めておりますです。

「あの日から」 「WITH LOVING」 「彩」

この3曲に森 美由紀さんのカバーで「永遠の人」

後はしたためていた楽曲をプログラミング途中。

3月からミュージシャン集めてのスタジオだし、相変わらずハードスケジュール!

じゃ、いつ発表するの?って言われそうだけど、これを言うと必ず遅れてしまうので、言わない!

自分に鞭をいれやっていこうという志だ。お仕事頑張っているからとご褒美ばかりあげて、ボクが何にもしていないと思っている?

えー?やっぱりそうなのでしょうか?でもさ、電化製品が壊れる時って、口裏合わせたように次々と壊れていったりしない?

実はご褒美ではないけれど、現在使用中の愛車「カルディナ」さんも来年で10年目を迎え、実際は頗る調子は良いのだけれど、定年間近でそろそろ引退していただこうか?なんて....

心苦しいと感じつつも、何だかリストラみたいぢゃん!

それで、やはりステーションワゴンで新しいのを捜し始めた。

一応は新しいカルディナとホンダのアコードワゴンとスバルのレガシーとマツダのアテンザが候補で、今乗っている車はMさんというトヨタのバリバリの営業さん(今は中古車部門にいらっしゃるらしい)と気さくにお話しながら買わせていただき、いい車でした。ボクはアウトドア派ではないくせにそんな車が好みで出来ることならお前が死ぬまで添い遂げたいと思っている?(嘘やな)

でも、今度のカルさんはスポーツカーみたいな顔している。新しい担当のWさんにお願いをしてこれとこれとこれつけて見積もりしてください!と。

やっぱ、トモノウはトモクロだからクロでしょ?普通が嫌いなので、あれよこれよとオプション装着していたら320万になってしまった。

贅沢モノ!

決してリッチな生活をしているわけではない。それでも日産サニー、カリーナED、カルディナということで次は4台目!買い物って買うまでがワクワクするのだ。

何だかお見合いに似ていない?カタログを見て一目惚れってのもあるでしょ?性能を見て「経済能力のある女性」(燃費が良いという意味)とか、料理が上手とか(これは当てはまらないか?)

日々の暮らしは相変わらずですが、4人目の妻を娶るにはそれなりに慎重になる。(^^ゞ   

仲介役の豊田さんは、「ウチの娘をぜひ!」と、お手紙までくださった。松田さんや本田さんだって負けてはいない、嫁入り道具に超高級のこれも持たせますから!とばかりに懸命だ。

ボクは昔からオマケに弱いのだが、豊田さんの人情も気になるところだ。

「少し考えさせてくらさい」 

そんな言い訳をして、果たして浮気なプレイボーイになるのだろうか?

2005年のトモクロ

皆さん、あけましておめでとうございます。

お正月からPCの前でピコピコやっているトモノウでございます。

毎日の生活の中で、トモノウさんったらいつも音楽に囲まれて、BGMなんかいろんなのが流れているのでしょうね?という方がいらっしゃいましたが、ボクはBGMがダメな人です。

聴いてしまうの・・・・。

だから音楽を鳴らしながら何かをやるということが出来ないんです。

こういう音楽の聴き方しか出来ないのは辛いですよ!

ところで、2004年はタケヲさんのライブも含めて、自分のライブだって行なったというのに、小説「Sigh...」の執筆活動ばかりが印象に残ってしまいましたね。

一年を通して書いても、本屋さんで売られている本のボリュームには敵わないのだから、プロの作家さんって凄いのだと改めて思ったりします。

それでも毎月の皆さんの励ましや心温まる感想なぞを読ませていただくと、頑張って締め切りまでには書くぞ!という気持ちでした。

ほんとうにありがとうございました。

さて、今年は音楽活動に力を入れていくつもりです。働くで〜!

年頭にモチーフとなっていた物を形にしています。暮れに購入した新しいソフトは、前に所有していたPROシリーズとあんまり変わらないと思って買ったのですが、とんでもない!奥が深くて戸惑っています。

とりあえず、ドラムパートの作成!ここを越えられれば、あとはリアルタイムでレコーディングしてしまうから何とかなります。

もっとシンプルに作ればいいのでしょうが、いろいろと自己満足的なことも、やっていて楽しいのでついつい拘りますね。

バンドの4リズムなんかであれば、せーの!って感じですぐ出来てしまうのですが、ここがDTMのキツいところでございます。

ボクは実験的にプログラムしていく方なのでモチーフが完全に変化していくことが多いんですよ。多分、プログラミングの体験数が絶対的に少ないのだと推測します。

あんまり考えすぎると「自分は才能がない・・・」と思ってしまうので、寝かせることも大事だったりします。

なにはともあれ、そのうち発表いたしますのでよろしくお願いいたします。

それと、セルフライブも考えております。スタイルなど具体的なものは未定ですが、お友達アーティストを集めてのライブなんかどうかな?

あと、積極的にキーボードプレイの方も参加していきたいです。こっちの方は時間の関係で難しいかも知れませんが出来る限り、と思っています。(特に若者とやりたい!そう思っています)

話は変わりますが、今年の夏前に、もうずっとお会いしていなかった方がボクのサイトを見つけてメールをくださいました。

「今度ライブやるときは必ず観に行くからね」

今度のセルフライブの予定はない・・・かも知れないし、でもそのうち・・・・

その内と言うのは来年かも知れないし、5年後かも知れないし、還暦を迎える時くらいかも知れない。自分はいくつになってもこれをやっているつもりだったから・・・・。

約束をした人が亡くなったと知ったのは12月の一枚の葉書でした。

どんな事故か病気かでこの世を去ってしまわれたのかボクはまだ知らないけれど、華やかな東京のクリスマスカラーの電飾の中でボクは感じたことがあります。

やりたいことは思った時にすぐやろう!

夢は夢で終わるのが運命でも、夢を志すことが後悔をしないこと

 

誰かが言う。

「トモさんって自由奔放で生きてるみたいで羨ましい」と。

隣の芝生ってヤツでしょうが、「人生がやり直せるなら今度は違う生き方をしたい」なんてそんなふうな話を聞きました。

人生をやり直す必要はないよ。明日からでも気持ちをしっかり持てば麗しい生活が出来るって!

 

皆さんも良い一年にしてくださいね。そしてくれぐれもお体には注意してね!(*^^*)

欲しいモノがある

こちらも随分とサボってしまいました。ここのページは音楽に関することをトーク!というコーナーなので、活動をしていないトモノウは、なかなか更新できません、っていうのはいいわけ? (*^^*)

秋の風が開け放った窓から入ってきて、やはりお暑いのも彼岸まで!って感じで、これから日に日に寒くなってまいります。夏の暑さでバテていたボクも動けるようになってきました。

ボクのコンピューター歴は4年目。何十年も前に音楽を創るという目的でMacを買おう思ったことがあります。他の機材も含めると、納得のいくものを揃えて、100万くらいの見積もりでした。

当時はそんな余裕もなく、安いシーケンサー(自動演奏マシン)とカセットテープを使った4トラックMTRで我慢しておりました。他人には、機械なんかで創る魂の無い音楽ではイケナイ!と言っておりましたが、只の貧乏なだけでした。<m(__)m>

妹が他界した時に、鎮魂歌を作り、それを形にしたくて、いい方法はないかと楽器屋さんに相談すると、今はPCでレコーディングが出来る時代だと・・・、かなりカルチャーショックでした。

ボクは今、WindowsのXPを使っています。今日はSP2のインストールをしました。かなり時間がかかりましたが、インターネットのセキュリティーが強化された機能が搭載されているそうで・・・。

一昨年までは、Win98で、これに合わせて機材を揃えましたが、2000からXPへとPCが進化を続けていくとソフトが使えなくなります。あのCDR1枚が軽く、ン10万円もするのだから、安い買い物ではありませんね。

でも、必要なものですからと今回、SONERを購入する決心です。現在Ver.3ですが、11月にNer.4が出るらしい・・・。

今、欲しいんじゃ!

ってなことで、先にFinaleという譜面作成ソフトを手に入れました。勿論、SONERでも譜面は作れるのですが、バンドなんかで使うのはコード譜と決めリズムだけの方が自由度があっていいんですよ。

バンド譜は簡素なほど良い!

こちらは以前に使っていた同じソフトのバージョンアップ版で5000円ほどで入手しました。

いろいろ揃えていくと、欲しいものがたくさんありますねー。

そうそう、車も買い替えたいと時間を作ってディーラーに足を運んだりもしたんだった。それに小さいノートパソコンも欲しい!それをリュックに入れてさ!あ!リュックと言えば新しいのが欲しい!TOUGHのブランドがお気に入り!

そんなにたくさん欲しいものがあるのか?と改めて考えると、今すぐにでなくとも・・・・。

で、落ち着いてしまいます。(-。-)y-゜゜゜

自宅録音の話

皆さん、お元気ですか?

夏って感じがしてきましたよね。ライブが終わってからも何かといろいろ忙しくて、思うように事が運びません。

新曲!とワイワイ騒いでおりますが、早く形にしないとまたズルズル遅れていくなぁ・・・。

曲を書いたことのある人なら分るかも知れませんが、気持ちが構えるとなかなか出来ません。

「才能なかばい!」「もう、引退たい!」なんて愚痴ばかり・・・。

そうそう、僕の場合は曲作りをしている時って、いろいろと試行錯誤しながらやっているものだからきちんとした楽譜が存在しません。コードも曖昧でメロディーも記憶のみだから、デモ音源が仕上がって初めて曲として成り立つという具合になっているのです。同時に歌詞も出てきます。これもバランスだから随分と変化してしまいます。

ある程度ヘッド・アレンジもすんで、ピアノの前に座る時には、マイクを通して制作過程を録音していたりします。これも逆に後で思わぬ方向へ様変わりする要因のひとつです。

メモでも取っておけばいいのに、熱くなってくると次から次へと進んでいきますので、「ここどうやってたっけ?」と考えてしまうことも少なくありません。そんな時は録音機能付きのMDウォークマンが手軽ですが、それまではポータブルDATでした。

録音の歴史は古いのでしょうが、自分の声を録音して初めて聴いたという事が誰にでもあると思います。あれは不思議な感覚ですよね。「変な声〜!」と思いましたよ。

僕は小学生の時に初めてラジカセを買ってもらいました。

    サンヨーMR4000 REC ON AIR

これはトランシーバー感覚のラジカセでした。送信と受信のアンテナがそれぞれに1本づつあって、100メートルくらい離れて友達と話のやり取りが出来たユニークなものです。デザインがアーミーっぽい!

ナショナルにMACとかいう似たような機種があったのですが、その対抗機のようでしたね。

いつもFMファンやレコパルでエアチェックをして洋楽をたくさん録音しましたね。70年代の音楽はこのラジカセで聴いて覚えたのです。

FM放送は、FM福岡とNHK-FMのふたつだけでした。プログラムの載ったこういうFM雑誌、九州では2週間ほど遅れて発売されていたので、とても損な気分でした。

当時の雑誌の内容に「生録」っていうのがあったのですが、これはマニアックなオジサンの楽しみのひとつで、山で鳴いている鳥の声、川のせせらぎ、あと街の人ごみと車の行きかう音、列車の音などをマイクを通して文字通りそれを録音するのです。そして録音した音を部屋に戻って、コーヒーでも飲みながら再生し、回想にひたり、風情を楽しむのかな?

そんな少年の僕も1000円くらいの安いマイクをこうもり傘の内側にガムテープで貼り付け、集音器の代わりのようにして、雀の鳴き声なんか録っていたような記憶があります。

そうそう、テレビで放送されるドラマやマンガも録音しておりました。当時はビデオデッキなんかなかった時代ですよ。

「今から録音するっちゃけん、静かにしとってね!」と家族に告げ、テレビのスピーカーにマイクを近づけ、みんなで黙ってテレビを観たものでした。

にわとりばんどを組んでいた時に、「季節列車」というタイトルでカセットテープを販売しました。このラジカセで録音したわけではないのですが、国鉄(今で言うJR)電車の走る音を生録して、それを流しながらB面の1曲目は始まっています。

ビートルズが何にでも実験的にいろんな録音をしていたように、僕らはマイクに空き缶を被せたり、テープのボタンを半押ししてスピードを変えたりして面白い効果を狙っていました。

フェイドインもアウトも、マイクから離れたり、近づいたりすることで実現させていたように思います。

考えてみたらそれなりに楽しかったな!

さて、夏に弱い僕です。何とか乗り越えます。

皆さんも体調管理はしっかりとしてくださ〜い!またね!

ライヴが終わってから

ライブが終わってから、トモノウは音楽活動と言うものをやめて作家になった?とか、老け込んでもう限界だとか、勝手なことを書いてメールを送って来られる方もいらっしゃいます。

笑いとばす!  (*^o^*)y-゜゜゜

音楽やめて、僕に何が出来ましょう?

先日と言っても、もう随分過ぎてしまいましたが、ジャムセッションに行って参りました。

木村智一(Ds)、木村匡男(G)、東倫久(B)、友納勲(Key)という異色の顔合わせです。何をやるのかも決めずに行なわれたこのジャムの意味は何もありません。何を弾こうがOK!の世界です。

しかし、お題がないので、誰かが音頭を取らなくては始まることはない。4人でにらめっこしながら・・・・。

結局、トモノウが弾きはじめると、プログレチックになってしまいました。

プレイヤーの皆さんはそれぞれにリスペクトしているミュージシャンがいるとは知りつつ、僕のコード進行はそれを許しません。

俗に?トモノウワールドという音楽の響きの中に、このプログレッシヴ・ロックのカラーは欠かせないものかも知れないなんて思ったりします。

僕は70年代のジェネシスに大きな影響を受け、福岡で活動をしていた頃、「ハーベストムーン」というプログレバンドを組んでいました。

プログレって何?と思われる方も少なくないかもしれませんが、簡単に言えば、僕のはクラッシック音楽とロック音楽の融合、物悲しい雰囲気のまるで映画のサウンドトラックのような感じです。

楽器編成はいろいろあるのですが、普通はキーボディストがオーケストレーション的なアプローチをしたり、シンセサイザーしか出せない音色で幻想的なソロを取ったりというスタイルが一般的でした。

僕はそこでもやはりオリジナル曲を演奏しておりました。ちなみにその時の歌のタイトルを記しますと、

炎の追跡

雨の降る日に

怪しき街

夢魔

精神錯乱

異界への扉

永遠の夜明け

いかがでしょう?

クラッシックによくある、組曲という感じで演奏しますから、一曲が10分以上あるものが普通です。

そして、ご存知の方はあまりいらっしゃらないかと思いますが、実はここでの僕はキーボードを弾きながらメインボーカルもやっておりました。

内容のほとんどがインストでしたので、あまり目立つことはありませんでしたがね(笑)

僕は今でもこの頃に愛した音色が抜けません。

特にヒューマンボイス系は、今のトモノウの音源には必ずと言っていいほど入っております。

ハーフディミニッシュやマイナーメージャーセブンスの響きも絶対的な名残りです。

ロック系の音楽はアメリカンではなく、ブリティッシュから染まっていきました。

その辺もWETなトモノウの色だと分析します。

さて、新曲の方ですが、いろいろとモチーフだけは揃ってまいりました。

6月いっぱいで10曲くらいは仕上げたいかななんて、無謀なことを!考えていますが、さて?

7月からはプレイヤーを入れてスタジオに入るつもりです。

プログレ色のトモノウの響きも、耳ダンボでどうぞお聴き逃しなく!

Daylight Live 終了!

 

友納勲 & THE DAYLIGHTのライブ「皆既音食」終了いたしました。

ご来場くださったみなさま、また応援してくださったみなさまありがとうございました。

心温まるメッセージやプレゼントも本当にありがとうございました。

そして、バックを支えて頂いた大友裕二さん、川竹智さん、外井吾澄さん、柳田剛さん、梁川尚義さんに感謝いたします。

お疲れ様でした、そしてありがとうございました。

僕自身の音楽人としての反省点は勿論あるのですが、とても楽しめたライブとなりました。

そりゃそうだろう、あれだけのミュージシャンをバックにフロントで唄えたのだもの。

極上モノですね。

僕のオリジナル曲が生きたライブになったと自負しております。

アンケートやBBSでは、次なるライブをというお話を頂戴いたしておりますが、今のところの構想は何もありません。

「Tomonochrome」を始めてからあれよあれよと言う間にたくさんの方々にセッションのお誘いを頂いたり、他の仕事が忙しかったり、身体と心の忍耐力が衰えていたのは事実です。

そんな時期に僕の周りの方々には、いろいろと助けていただきました。

そもそも自分を他人の瞳という鏡に映してみて「そうなのかな?僕はそういうのが向いているのかな?」なんて勘違いしてしまうことも少なくありません。

僕はよく「自分の居場所」と言うものを考えたりします。

もしもその自分の居場所が音楽だとしたら、純粋に続けていけることだと思います。

人間には「悩み」と言うものがありますよね。

それがストレスにならなければ良いのですが、本音の部分で自分自身に嘘を吐けない人間ほど、問題にぶつかった時に「真剣に受け止めること」と「深刻に受け止めること」の違い、「思い込み」と「思い入れ」の区別が混同してしまいがちです。

ライブを無事に成功させた達成感はあるのですが、次のライブとして同じことをやることの戸惑いは正直あります。

出来るならばステップとして更なる上の音楽を目指したい。

ここで勘違いしてもらいたくないことは、“上”と言う意味は今まで以上に良い音楽を創りたいと言うことです。

プレイヤーの選抜とかそういうことではなく、自分自身の音楽性全体を磨きたい。そう思っているのです。

来月から新曲創りの作業に入ります。

近況は随時、ここのトモクロでお知らせはしていくつもりです。

この度はたくさんのスタッフの方々、そして皆さんにもいろいろとお世話になりました。

僕は忘れません。ありがとうございました。

そして、トモノウ、よく頑張ったな!

ECLIPSE

響いている熱い鼓動に
正比例する音の感情

触れた肌に覚えた眩暈と
危険なほどの愛の言葉

Eclipse この身を捧げて
輪郭と 陰影と
重なる秒針を意識しながら

ライヴ前日よもやま話

既に何処かで綴っているかもしれないけれど、オリジナル曲を最初に書いたのは、13歳位だったような記憶がある。つまり、30年も前だ。

勿論ラブソングではない。はっきりとは憶えていないが、「猫」の歌ではなかっただろうか?(犬も好きだが、猫はもっと好きなのだ)

作品として正式に発表したのがにわとりばんど時代で「おねがい」という楽曲。

街が眠りに就いたとき、人の出来ない叫び。

おねがい、おねがい、おねがい ♪

この訳のわからん歌詞は、今と何にも変わっていないな!そう思う。

現在の時点で、きちんと楽曲として成り立つオリジナル曲は、数えても多分、100曲はないと思う。

頭の中のモチーフは絶えずあるのだが、いつも言っているようにバランスを考えるから、中途半端な発表はしないでいる。

今回のライブ「ECLIPSE -皆既音食-」(長いネームだ!)の準備は、このサイトを開いた時から始めていたのだけど、それが形となるのが4月とは予想もしなかった。

結構、安易に考えていた。ここに来て、協力してくださった周りの人達や応援してくださった人達には、言葉で云えぬほど感謝の気持ちでいっぱいである。特に今回のバンマスをお願いした大友裕二さんには、マネージメントまで自ら引き受けてくださり、もう頭が上がらず。

さて、ヴォーカリストとしてのライブ・デビューが近づいている。周りには怖いもの知らずとか、無理があるとか云われてきた。

確かに、無謀かも知れないけれど、僕の中では未知の世界。その蓋を開ける瞬間として考えている。だから次が如何とか、また鍵盤奏者に戻るとか、何も考えていないのが本音。

今更、答えなどないし、自分が思うようにやっていくつもり。ただ、今回も感じたことだけれど、ひとりでは何も出来ないということ。

目標などある訳ではない。

音楽が大好き。自由な感性でモノを見てそれを表現していきたい。

明日のライブはカッコつけるんじゃなくて、自分が楽しめるライブにしたい。

そう、思っている。

ライブ前だと言うのに緊張感がありません。

キーボディストとしてのライブではないのがその理由なのでしょうか?

鍵盤を弾かずして、歌のみでの舞台なんていうのは確かに初めての経験ではありますが、観客の第一視線は紛れもなく僕であることは間違いないはずですね。

表現をするということにおいて、全てのパートの司令塔になる自分に託された責任は重いのだと感じます。

曲を書く、歌詞をつける、曲のカラーを決めるアレンジをする、全体のバランスを判断する、テーマが的を得ているか、余分なものはないか、リズムにポジションを与えているか、声のブレスの部分を決める、呼吸は出来るのか、詰まる言葉はないか、何処まで引っ張れるか、入って行けるのか、音楽になっているか、そして、唄えるのか・・・。

ひとつの楽曲にいろんな神経を使うことになります。

決してプレイヤーよりも楽ではないはずです。

しかし、中心にいるというだけで妙な安心感があるのは何故でしょう?

今回披露させていただくのは、僕がお腹を痛めて産んだ楽曲たちです。

我が子のことは親である自分が一番知っているはず、ということ。唄う事と弾く事は全く持って違うのだと気づきます。

ライブ 「皆既音食」 のプロジェクトは、去年の夏、このウェブサイトを立ち上げた時から始まりました。

最初はピアノひとつで唄うということも考えたけれど、楽曲のバリエーションを確認してから、バンドで演るのが正解だと改めました。

プレイヤーの募集をした時にいろんな人に声をかけさせてもらって、とりあえず揃った面子で音を出してみました。

何らかの形で出て来た音に「フロントは自分であるのだから僕がしっかりすれば、そこそこの人間でライブが出来るであろう」と信じていたことが崩れました。

アンサンブル。コレは一種のパズルです。

個人個人のテクニックレベルは相応に出してもらえても、例えば、ドラムとベースの呼吸が合わなければ、リズムとして成り立たないし、ギターとピアノがアンサンブルを奏でていないとウルサイだけ、サウンドにメリハリがなければ、つまらない曲になる、ということです。

では、何が必要であるのか?

これは僕に関わる人達が僕の音楽を好きでなければ、ダメだということだと思います。

あと、そういう好きとかいう視点でなくとも理解をしてもらえなければ、全く違う楽曲になってしまうのです。

そういう意味も含めて、たくさんの方々の中から選ばれた5人なので、彼らは僕の楽曲を2倍にも3倍にもしてくれました。感謝しております。

そして今回のこの僕のライブを楽しみに、そして温かく応援してくださる、お祝いしてくださる皆さんにも心から感謝いたしますと共に、御礼申し上げます。

4月17日、会場でお会いしましょう!

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Times

銀座ライブのメンバー

夏のライヴに向けて

2ndライブのスタジオリハーサル

ご褒美と称して

2005年のトモクロ

欲しいモノがある

自宅録音の話

ライヴが終わってから

Daylight Live 終了!

ライヴ前日よもやま話

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