にわとりばんど

中学生の時に吉武 雄二、古賀 貴広、友納 勲の3人で始めたバンドである

福岡の東部では、家の外を裸足で歩き回る事を「ニワトリ」と呼んでおり、その意味は野性味が溢れていて良いではないか!と安易にグループ名にした

母体としてはフォークスタイルであった「ニワトリーズ」に古賀が加入したもので、3人グループの「ガロ」のようなバンドを目指すのが理想であったが、ウケばかりを狙っているうちにお笑いバンドとしての活動ばかりが目立っていたかも知れない

代表作には「アデランスの詩」「ネコのアンテナ」などがあり、この時すでにオリジナル曲を量産しながらカセットテープの販売までしていた

その[季節列車] というアルバム?は変声期を迎える以前の録音で、今聴くと大変に面白いのだが、モノラルのカセットテレコで何度もダビングしているうちにノイズの音の方が大きくなってしまったという、まさに時代が織りなすサウンドは音物語に相応しい

当時はギターもやはり高価な楽器ではあったのだが、コミック雑誌の裏表紙にバッタギターが通信販売でたくさん掲載されていた

新聞配達をしたり、親のスネをかじったり、いつのまにか周りの人間たちは全員ギターを手に入れていったが、それは何十人で同じコードをかきならすという類のもので、アンサンブルではない音楽がそこにあった

今となっては伝説のバンドになってしまった「にわとりばんど」だが、友納が我流でピアノを始めたのがこの頃のことである

(LtoR)

Yuji Yoshitake : Guitar & Bass

Takahiro Koga : Guitar

Isao Tomonow : Guitar & Piano

SWEETPEA

チューリップフリークだった人間が集まって作られたアイドル向けポップスバンド

ここでもオリジナル曲を発表していたのだが、バンド形態という事もあってジャンルの幅も拡がっていった

ラヴソングを形にしていったのもこの頃からで、ベースの吉武が「この詩を君に」という曲を書いてきたのだが、どうしても唄えないと友納がヴォーカルを担当、実は赤面しながら唄っていたのだった

これはまさに思春期の真っ只中であった恥ずかしさかも知れない

代表曲は「Milky Way」「郷愁」など吉武作品が多かったバンドだが、バラッドやミドルテンポの曲は友納リードヴォイスの独壇場となった

そもそもバンドで演る意味とは何かを考えさせられた時期であるだけに個々の技術面が何とも浮き彫りになったものである

まだまだ高価であった楽器が簡単には手に入れることの出来なかった時代なので、楽器を持っている奴がメンバーという感じでもあった

ドラムスの波多江 賢二はスポーツ店のドラ息子で、冬の寒い日にそのスポーツ店の屋上でビートルズの映画「レットイットビー」を真似て演奏したこともある

まさに青春デンデケデケデケ!

オリジナルメンバーは吉武、友納に加えて、その波多江とギタリストに西 浩史を向かえての活動で、積極的にコンテストなどにも応募したりしていたが、常に予選落ちだったことは言うまでもない

その後、アルバムと称してカセットテープ「Milky Way」を発表

クレジットはないのだが、そこでギターに大場 正博、ドラムスに柴田 裕幸、にわとりばんどで一緒だった古賀 貴広もドラムで参加していた

(LtoR)

Kenji Hatae : Drums

Hiroshi Nishi : Guitar

Isao Tomonow : Keyboard

Yuji Yoshitake : Bass

 

HARVEST MOON

高校時代にギターの山口 裕に出逢った時は衝撃的だった

レッドツェッペリンを愛して病まない山口のギターテクニックは福岡ではかなり有名で、同じバンド、しかもオリジナル作品を一緒に演奏できる事は至福の喜びでもあった

ダブルネックやバイオリンの弓を使ってジミーペイジに成りきる山口に、オリジナルの楽曲創りでインスパイアされたモノは数多い

ハードロックを経験したのもこの時期で、風貌もそれなりに影響されてはいたのだが、ロッカーたるもの身体が細く、背も高く、甘いマスクでなければならないというビジュアル的な要素が友納に欠けていた

しかし怖いもの知らずでもあった自分達は、福岡でも異色だったプログレッシブロックバンド[HARVEST MOON]を結成する

巷ではめんたいロックが主流だった時代で、ひとつの曲が10分以上の組曲を創ってやっていたバンドなんてなかった

それは意外とウケが良く、ますます天狗状態にもなって精神異常的な楽曲へと流れていくこととなる

ドラムスは諌山 昌輝、そしてサポートにベースの宮崎漢生を加えてライブなどの活動を行なっていたが、その後、友納は大学を中退して単独で上京する

(LtoR)

Yutaka Yamaguchi : Guitar

Masaki Isayama : Drums

Isao Tomonow : Keyboard

 

Soul Inspirations

都会が理解かっているつもりで勇んで福岡から出てくると、また東京にはスゴイ人間がいるもので、田舎者のトモノウにはたくさんの選択肢が目の前にあった

ロンドンに行って自分の音楽をとけしかけた人もいたし、間違って路頭に迷い悪い方にオカマバーでピアノでもドォ?なんて・・・

そんな時、大友 裕二と出逢う

ロック上がりのトモノウは指が早く動けば一流!なんて若輩ものであったが、「歌ってのはこういうもん」「弾かないことの難しさ」などいろいろ指導を受け、またプロのプレイヤーの方との交流もたくさんさせてもらった

トモノウの音楽の転機はこの時だと思われる

レコードやCDばかり買ってはいろいろと吸収して、音楽理論にしろジャズヴォイシングにしろバンドアンサンブルにしろ学ぶことが多かった

このバンドでは長い間にたくさんの大友作品を演らせて頂き、音楽の柱というものが出来た時期でもあった

トモノウの「雨に濡れて」や「Chiristiana」などがちょうどこの頃に書かれたもので、アレンジ面におけるそれは大友の影響を受けている事がわかる

また[PIECES OF SOUL]というふたりだけのユニットも結成し、ローカルTVに出演した時には「憧憬」を自ら唄い演奏した

ソウルインスピレーションズというバンドでは各のプレイヤーの固定はなかったのだが、表現をするという意味において大友と友納のコンビは「音楽バカ!」と呼んでも良い

94年に集大成ともいえる東京TUCでのライヴを最後に、そこからは自身がバンマスとなって新しいバンドをやることを決意した

(LtoR)

Syuichi Inamura : Bass

Noriyuki Nagumo : Drums

Yasushi Tahara : A.Sax

Yuji Otomo : Guitar

Isao Tomonow : Keyboard

-less

東京にSoul Gyroという大変優れたバンドがあった

そのバンドの解散に伴い、ギター:大堀 文人、ベース:西村 研二、ドラムス:木村 智一、キーボード:田中 久美子のメンバーにIKOをヴォイスに迎えての6人編成のバンドを結成

トモノウはセカンドキーボードプレイヤーとして、主にピアノ以外のシンセサイザーサウンドを担当していた

ここでは今までに無かった女性ヴォーカルというズーミングで、女性サイドの視点に立ち、作曲と作詞を全て書き下ろすというスタイルとなる

この時期に創った楽曲は数知れず、またメンバー全員で試行錯誤しながら、半ばジャムセッション的なアレンジも興味深いものとなり、今でもそれらの楽曲はトモノウソロでアレンジを変え唄われている

その後も定期的に恵比寿GUILTYにレギュラー出演

ライヴやレコーディングを繰り返しながら、数多くの友納作品が生まれてきた

数年後にはギター:西脇 道弘、ドラムス:河合 幸人などとグループセッションを絡めてクラブクアトロなどにも出演し、H&Mパブリックを拠点にいろいろと活動を計画していたが、社長とのトラブルもあり活動を中止

新たに体制を立て直そうと試みたが、志向的な問題もあり、2001年末に事実上解散

その後、河合幸人カンパニーでサウンドの基盤を作り、T-MOON MUSICでのトモノウのソロへとつながって行く

また、様々なバンドでキーボードプレイをサポート、グループセッションを重ねながら、基本的なバンド活動を停止し、創作活動を続け現在に至る

(LtoR)

Isao Tomonow : Keyboard

Fumihito Ohori : Guitar

Iko : Voice

Kenji Nishimura : Bass

Kumiko Tanaka : Keyboard

Tomokazu Kimura : Drums

 

 
 
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