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 日記と言うと幼い頃の夏休み、“きょうはともだちとせみとりをしました。ともだちはせみにおしっこをかけられましたが、ぼくはかけられませんでした。とってもおもしろかったです”

 ―きっとそんなことを書いていたに違いない。

 授業中はノートの切れ端に “きょうはうらやまのひみつきちにいかん?”と書いて、机3つ向こうの友達に投げつけたりしたものだ。

 (これって今の携帯電話のメールに似ているなと思っていた)

 手紙を書くのも勿論同じで、電話で済みそうなこともわざわざ切手を貼ってポストに入れたり、見知らぬ人と文通もやったこともあるし、返事だって郵便屋さんが来るのを心待ちにしていたものだ。

 自分の口から出るその場の会話の中の言葉は、文法の乏しさのせいか、他人には間違って受けとめられることも少なくない。

 “最初からそう言ってくれればいいのに・・・・”

 確かにそう言いたかったのだが・・・

 そんなせいもあって、昔から手紙を書くという方法が落ち着いていられたのは確かかも知れない。

 そして出した手紙に返事がなかったりすると、かなり落ち込んだり、“つまらんことば書いたっちゃなかろうか”と心配になったり・・・・

 最近の電子メールは、自分の出した文章がそのまま残っているし、後にそのツマランコトチェックとして読み返すということが可能だけれど、郵便で出していた手紙は返事が来るのにしても早くても2,3日かかるし、何を綴ったのかは自分の記憶の中でしかない。

 やはり言葉はとってもデリケートなのだ。

 さて、ボクはこうやって自分のサイトで今も何かを綴っている。

 楽曲の歌詞、散文、恐れ多くも小説と・・・。

 妄想癖があるのか、常に何かを考えていることに気付くのだが、次の瞬間には何を考えていたのか忘れていたりすることもある。

 何気ないことが心に触れたり、気持ちでインスパイアすると言葉が順不同で浮んできて、今でもメモとして使っているノートにそれらは書き留められる。

 しかしそれらは形を成していないので、他人が見ると訳がわからないだろうし、勿論、自分でもまとまっていないので、“これは何を思って書いたのだろう”と後から自分で考えさせられたりすることもしばしば。

 ボクの中で言葉がイメージを持つと、それが楽曲の歌詞になるのか、小説のワンピースか、散文か・・・の選択になるのだが、どれも同じようで技法は同じではないので表現には苦労することが多い。

 特に、難しい言葉を並べれば良いという訳では決してないのだからやはり構築が必要不可欠。

 ましては読み手が存在するのだから、それを考慮してまとめなければならない。

 そして考えすぎるとなかなか作業が進まないという具合だ。

 表現は自由であっていいはずなのに、伝えるということはなんて難しいことだろう。

 それでもそんなSpellingが好きだ。

 訳のワカラン文章の構築が「トモノウ・ワールド」なんて言われながらも、ちょっとだけニンマリして今日も自己満足に書き綴るのである。

● 猫舌
猫舌

2003年のトモクロのスタートと共に書き綴ってきたダイアリー的なエッセイ

遠い記憶を辿る時、幸せな一日を見つけ出す

そして失くしたしまったあの日から再び歩くボクがいる

● Moon Story
Moon Story

男と女の中に流れる繊細な感情の変化と時間の持つ切なさはふとした偶然から始まったり終わったりする

ビターな恋愛もスィートな官能も、キミとボクの違う細胞から生まれて来たものだから・・・

「猫舌」からのラヴ・トーク恋愛集

Sigh....

「捜さないで欲しい」と突然に姿を消した朱美を忘れようと、見せかけだけの人生を送ってきた吾郎に一通の手紙が舞込む

12年という時間の中で手元に残ったのは予想も付かなかった事実だった

2004年、トモノウが初めて綴った恋愛長編小説

第一章 掲載中!

恋愛小説長編

発条(ぜんまい)

第二章 第五節 発表

Isao tomonow

I was born in Fukuoka in 1962 quitted science of arts part photograph subject of Kyushu Industrial University

There are not reward and punishment in particular, educational background

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